物語




   天上人の宴 ・・・ 第六話 殺露栖星の怪(1)


          作/奥人




【今号の梗概】

ネアンもとうとう
宇宙に出ることになりました。
素質のない者が不相応なことをすると
えらい目に遭います。
それをカバーしたのは
蜥蜴族の愛であったという
作者の嗜好丸出しの話。


サテュロス星の怪談


19XX年11月5日、

その日は金星基地駐在員のアダムスキーと

サテュロス星の予約が入っていた。

思えば、5月5日にオアシス開港の祝賀会をしてちょうど半年目。

その間、様々な宇宙人が訪れ、既に来訪日数は62日、

来訪船数は延べ140台を数えていた。


私は、もうこれだけのことをしてきたのだから、

そろそろ宇宙旅行にでも誘って貰えないものかと思っていた。

62日のうちには、とてつもない経験をしたこともあったが、

よくても船内見学程度に終わっていたから、

もう一歩踏み出せないだろうかと、

日々欲求をつのらせていたのだ。


最近では、来る人ごとに、

宇宙に一度行ってみたいと漏らしていた。

その半数くらいが、「まあそのうち行けるさ」とか

「アダムスキーに伝えといてやろうか」といった反応を返してくれていた。


折しも、オアシス任務の斡旋者の半年ぶりの来訪だ。

記念すべき日であることもあり、もしかしたらの感はある。

そうでなければ、今度はこちらからの希望を聞いてもらわねばなるまい。

それ以外にも要望事項はいくつかあるので、

交渉は難しいものになりそうだった。


午前6時、私は寝床の中からテレビを見ていて、

画面のいつものぶれに、早い到着だなあと思いながらも飛び起き、

服を着ると中庭に出た。

まず到着したのは赤橙色の船体を

不気味に光らせるサテュロス星の船だった。


中庭に降り立った人たちは、3人だったが、

みなよく似たイグアナトカゲ顔で、

着ている服の色で識別しなくてはならない。

彼らは、爬虫類が進化したタイプの人類であるという。


オマール:「よう。また来たぞ」


チーフのオマール・ダラス・イグアナトス・スベリウス、

外交官のカレン・ダラス・イグアナトス・スベリウス(第一話参照)

の息子で、連邦警察の上位の人物らしい。

あとの2人は、彼の弟か従兄弟に違いない。というのも、

彼らは、同族同士の男子だけが船に乗るのが決まりなのだ。


私:「いらっしゃい」


オマール:「前とはメンバーが違うが、これはティシュ、

そちらはベンザ、どちらも僕の妹だ。」


私:「妹さん?あっそう。今までは男性ばかりでしたけど、

女性でも警察の任務は果たせるんですか」


サテュロス星から女性が来たのは初めてだった。

しかし、男女ともよく似た種族である。

なぜか相違点をじっと観察してしまう私だった。


すると、ティシュのほうがこちらをじっと見て、まばたきを早めている。

なるほど、女性らしさは、その目にある、と気付いた。


オマール:「実は、この二人は、私の任務が一通り終わった後で、

お見合いに行くことになっているんだよ」


私:「お見合い?あ、そう。それはそれは皆さん、

良い男性を射止めて幸せになってください」


ベンザ:「兄のオマールがお世話になりまして」


ティシュ:「クシュ」


私:「あ、いや、私は宿屋の主人ですから、当たり前のことです。

まあ、ボランティアさせてもらってるわけですけどね。

宿帳はこっちにありますので、どうぞ記入ください。

あー、それから、コーヒーでも作って差し上げましょう」


それにしても、気になるのは、ティシュの視線だ。

ほとんど何も言わず、私がコーヒーを作るため台所に入った後も、

廊下からガラス越しに私を見ているのだ。


ベンザ:「お姉さん、何してるの。見て見て、リビングにこんな物があるよ」


私は知らぬ顔して作業したが、視線が気になって、

ものが手に着かず、とうとうややこしい焙煎装置を使うのはやめて、

インスタントコーヒーにした。これはちょっと古く苦いのだ。


コーヒーを4つ作ってお盆に載せ、恐る恐る振り返ったら、

もうティシュは居なかった。ほっ。

しかし、居間に入るときには再び緊張した。


私:「さあ、皆さん。当店自慢の、いや当宿特製のコーヒーです」


オマール:「どうもありがとう」


ベンザ:「お世話様」


ティシュ:「クシュ」


コーヒーを配る間、やはりティシュは私を見つめている。

オマールは持参した水色の箱をテーブルに置いて点検している。

ベンザはテレビを見たり、当たりを見たり、何でもが珍しそうにしていて、

ティシュとは対照的だ。


私:「今日は、アダムスキーさんが来ることになってるんですよ」


オマール:「そうだろう。今日は彼と共同してやる作業があってね。

この機械を敷地のどこかに設置してもらわねばならないんだが、

彼が持参する図面と彼の知識が要るんだよ」


私:「それは何をする機械です?」


オマール:「ん。それは言えない」


私:「あ、そりゃそうか。警察の仕事だもんね。ははは」


オマール:「・・・」


私は、ティシュの視線を意識しないために、

何でも良いから話題作りをしようとしたのだが、

早速沈黙の時が訪れた。これはよくない。


私:「どうですか。ベンザさん。ここの雰囲気は」


ベンザ:「そうね。初めてのことばかりだから、とっても面白いわ」


私:「ティシュさんは?」


ティシュ:「・・・」


はにかむようにして、俯いてしまった。

私が視線をそらすと、また私を見ている。


私:「今からお見合いというのは、どこか遠方ですか」


オマール:「おお、そうなんだ。2人とも、ジーゼット星という、

むかし我々の星から移住した者の惑星に行ってお見合いだ」


私:「なるほど。それはいいことですね」


ベンザ:「ちっとも良くないわ」


オマール:「ベンザ。何を言い出すんだ」


ベンザ:「だってそうじゃない。私たち、

親の都合で政略結婚させられるのよ」


私:「せ、政略結婚?」


何だ。どこでもあるような話だなあ。

進んだはずのところでも、何か問題があるんだ。


オマール:「いや、違うんだ。ネアン。

君が想像するようなレベルのものではないんだ」


ベンザ:「いいえ。おそらく、もっとひどいはずよ」


オマール:「ベンザ。違うだろ。

こんなところで何を言い出すんだ。ああ、まったくもう」


その時、テレビ画面が大きくぶれて、別の船の到着を告げた。


私:「どうやら到着のようです。少し待っていてください」


私は、中庭に出た。

その間に居間のほうは話の決着を付けることだろう。

しかし、こっちもこっちで、たくさんの交渉事を

抱えていて、いろいろややこしい日である。


中庭には、円盤型の船が、そのまま着陸していた。

扉が横向きにシャッと開くと、山高帽を被った

チャコールグレーのスーツ姿の初老の紳士が降り立った。


アダムスキー:「やあ、久しぶりだね」


私:「いらっしゃい」


アダムスキー:「順調そうだね。評判は聞いているよ」


私:「あれからちょうど半年になりますが、その間、

いろいろ気が付いたことがありまして・・。

それと一つお願いが・・」


アダムスキー:「ああそう。しかし、あまり時間がないんだ。

作業が終わった後にでもしてもらえるかな」


私:「はあ」


アダムスキーは、さっさと館の方へ入っていった。

そして宿帳にサインを施した。


私:「あのー。居間は少し取り込んでいるかも知れません」


アダムスキー:「取り込んでる?どうかしたのかな」

彼は居間の扉を開けた。


オマール:「やあ、ジョージ。待ちかねたよ。

さあ、作業を早いとこやってしまおう」


アダムスキー:「おお、これは妹さんですかな。ご同行ということは?」


オマール:「お見合いなんですよ」


アダムスキー:「おお、それは一大事ですな」


ベンザは何も言わず、三白眼とふくれっ面をしてこちらを見ていた。

まだ決着していないらしい。


オマール:「とにかく、これを設置してしまいましょう」


アダムスキー:「そうね」


オマールは箱を抱え、アダムスキーは図面を持って中庭に出た。

私は、作業には立ち入らせてもらえないと思い、廊下で躊躇していた。

扉の開いたままの居間の方を振り返ると、

ベンザがなんと手招きしている。私は、居間の方に入った。


私:「はは、僕はあまり役に立てないんで」


ベンザ:「ねえ、聞いてくださる?」

と、ベンザは今までの経緯話を始めるのだった。

私は、ティシュの視線を浴びながらも、聞き役に徹することにした。


それによると、サテュロス星ではけっこう封建的なしきたりを残していて、

女性は、滅多に惑星の外には出ないという。

出たとしても、こうして兄弟あるいは父叔父を同伴しなくてはならない。


船に同乗する者も4親等以内。それに見るように、

非常に同族意識が強い民族性をしている。

同様に惑星の中には、大きな8つの同族異種の潮流しかなく、

昔はその間で様々な対立があり戦争も引き起こされたが、

それも遙か以前に解決された。

というのも、同族同種間で婚姻が成された場合は、

遺伝上のトラブルが多く生じ、異種間であれば問題が少なかったからだ。

こうして、異種も互いに尊重し合わねばならないという

ことになり、今日の平和な日々が築かれたという。


ところが和平の重大な鍵を与えたはずの女性の地位は

依然向上していなかった。

一方では、男性が主導的に宇宙連邦に仲間入りし、

色とりどりの種族と渡り合っているときに、

女性には、小さな星の中で似たような7つの選択の余地しか

残されていなかったのだ。

それは不公平制度に対する大きな反発の動きとなって、

今や惑星を浸し始めているという。


そこで、政府は女性に、大昔に移住した惑星の

3つの潮流を選択余地として追加する政策を決め、

高位の外交官カレンは、その役割を帯びて、まず自分の娘に

先駆けを務めさせるべく、ジーゼット星に送り込もうとしていた。


そうした大変珍しいイベントの序でとして、

ここにお立ち寄りになったというわけである。

気の毒だが、私にはどうしようもない。


ベンザ:「あなたも気を付けた方がいいわよ。

さっきあなたが気にしていた装置だけど、

船舶識別装置というものなの」


私:「船舶識別装置?」


ベンザ:「何かと言ったら、このオアシスを利用しようとする船舶のうち、

特定のものだけ識別して、利用できなくさせるものなの」


私:「えー。それはオアシスの規定に反するよ」


ベンザ:「そうでしょうね。

それを知られてはならないから、何も言えないのよ」


大変な問題が目白押しに出てきてしまった。

もしかしたら、オアシス閉港も考えなくてはならなくなる。

だが、私では微力すぎて、彼らにいいようにされるに決まっている。


私:「困ったねえ」

と、私が頭を掻いたとき、突然今まで話をすることのなかった

ティシュが話を切り出したのだ。


ティシュ:「私をここに置いてください。

私は世界にあなたのような人がいるとは思わなかった。

周りの男はみんな似たものどうし。

女を見下すようにして嘘をつく。

7つの異種人も、パターンが決まっていて、

もう飽き飽きしていたんです

ジーゼット星人だって大同小異でしょう」


ゲゲッ。何と恐るべき話。オー、ユーフォー。


ベンザ:「お姉さん。何言い出すの。

宇宙には、もっとたくさんの人種が居るのよ。

こんなことなら、私の異星人カタログ雑誌を

見せておいてあげたら良かったわね」


私:「カ、カタログ雑誌?」


ベンザ:「あ、そう、あなたも素敵なんだけど、

姉は全然世の中を知らなくてね。

今私たち若い女性の間では、

異星人の男性を収録したアングラ雑誌がはやってるのよ。

異星人プラモデルまで、秘密裏に流行しているわ」


私:「プ、プラモデル?」


ティシュ:「でも、私、この人のところに居たい。クシュ」


私:「し、しかし、そんなこと言っても、生活も習慣も違うし、第一にだね・・」


ベンザ:「それに関しては大丈夫。

カタログによれば子供も作れるそうよ。

そうすれば、今みたいに子供の血脈が

8つのうちのどれかに落ち着くってこともなくなる。

それでこそ、私たちが理想に掲げる種族ビッグバンだわ」


私:「あのー、私が言っているのは、第一に、

ご両親や国の掟のようなものが、許さないでしょ、と言うことなの」


ティシュ:「それが許せば、置いてもらえますか?」


そんなことできるわけない。

それこそ、とんでもビッグバンのとばっちりってもんだ。


私:「あのー、そういう問題でもないのよ。

だってねえ、我々はモゴモゴ・・

ちょ、ちょっと男性軍を見てきます。

あ、いや、決して彼らに話したりしません。

ただ、見回りの職務としてですから」


また大変なことになってきた。

女性が関わるとき、事態が波乱に富む傾向にある。

しかも下手すれば、国際問題でなく、星間問題になりかねない。

中庭に飛んで出ると、山の横で作業する2人の姿が見えた。

こっちも、どうにも納得のいかぬ事をやっている。

ああ、今日は何という日なんだ。

仏滅と三隣亡と暗剣殺が土俵で揃い踏みしているかのようだった。



私は、彼らが終わるまで、中庭のまん中にある

ベル型船の周りを見て回ろうと思った。

この船にも魂があって、きっと返事するに違いないと思い、

よく見るとそれにも奇妙な突起が1つあることに気が付いた。

私は、いつか見たように、それをさすりながら、話しかけた。


私:「おいよお、お前は楽しく仕事やってるのか?」

返答は何もない。


私:「ちょっとで良いから、僕の話し相手になってよ」

それでも何もない。

その時、山の方から声がした。


アダムスキー:「おおーい、ネアン。

それは今、動力が完全停止しているから、何を話しても無駄だ」

何だ。気が付いていたのか。


私:「あのう、そちらに話しかけて良いですか」


アダムスキー:「もうすぐ終わるが、いったい何かな」


私:「えーと、要望事項なんですが、一つにですね、逗留予定の連絡は、

日にちだけでなく、およその時間も書き加えてもらいたいんですが。

そうでないと、一日中そわそわしてなくてはなりませんので」


アダムスキー:「君は君で、来訪者に構わず、

自分のことをやっておればいいんだよ。

でも、それではサービス精神を発揮できないというなら、

これからは付け加えておくことにしよう」


私:「ありがとうございます。

それから、船が到着するときの私の把握の仕方は、

テレビ画面の異常によっています。

時にはヒューズが飛ぶこともあります。

何かセンサーのようなもので知らせてもらう方法はないでしょうか」


アダムスキー:「勿論、いいですよ。

テレビが傷んでも困るので、ノイズリミッターを付けてあげよう」


私:「ありがとうございます。それから・・・」

と、私は5点ほどの改善要求を突きつけ、

そのうちの4点は了解してもらった。

けっこう良い成果といえるだろう。


さて、私には核心部分が、2つ残されていた。

一つは、宇宙旅行、もう一つは設置中の装置のことだ。

後者を先に切り出せば、おそらく前者の希望は聞いてくれまい。

だが、前者を頼んでダメだとされたなら、

後者の問題を出して、困らせることができるだろう。よし、この方法だ。


「それから、お願いがあるのですが」と言いかけた私だったが、

それより先に核心部分を切り出されてしまった。


アダムスキー:「君もオマール君の妹さんから聞いたかと思うが、

この装置は船舶識別装置と言って、

連邦で許可した船舶だけに利用許可を与えるものなんだ。

今、連邦の趣旨に添わぬ動きを取り始めている種族があって、

秩序を乱すおそれが出てきている。

そのため、地球と月のオアシスには全て、

これを取り付けることになっている」


私:「しかし、それではオアシスとしての中立的立場が」


アダムスキー:「そうだ。私も心苦しいが、

全て丸く収めるためには仕方ないんだ」


私:「よもや、戦いを仕掛ける装置ではないでしょうね」


アダムスキー:「いや、そうではない。ただ、

この上の駐機領域の安定性を、

許可されたもの以外は取り去られることになる。

それによって、不許可のものは駐機できなくなるわけだ」


私:「でも、もしエネルギーを無くして、ようやくここにたどり着いた

不許可の船はどうなるんでしょう」


アダムスキー:「・・・」


私:「墜落してしまったりしません?」


オマール:「ネアン。仕方がないんだ。

これも地球に対する干渉をさせないために必要な措置なんだ」


私:「干渉?」


アダムスキー:「それ以上は君の関知するところではない」


しーんとした時が流れた。

私は何か不合理なことが行われている感が否めなかったし、

墜落する者のことを思うと悲しくなってきた。

というのは、私が下界で耳にした最近の奇抜なニュースとして、

U国ルーズベルトで起きたUFO墜落事件報道があった。

このような高度な文明の利器が、どうして墜落などするだろう。

瀕死の搭乗員は、惨めな格好のままU国軍によって連行されたという。


私に、また満たされぬ思いが重なり高じ、激情が襲ってきた。

そうだ。私なりにまたもや、キレたのだ。


私:「ウ、ウエーン」


私は涙をぬぐおうとする手の間から2人を見ると、

2人は互いに顔を見合わせて、両手をハの字にして唖然としていた。


私:「ウエーンウエーン」


よもやと思うが、泣き声を聞きつけたか、

館の方からオマールの妹2人が走って出てきた。


ベンザ:「お兄さん。何したの?こんなに泣いちゃってるじゃない。

ネアン。どうしたの?何を言われたの?」

ちょっと待ってよ。私は何も。余計に情けなく、悲しくなってきた。


私:「アアーン。アンアン」


アダムスキー:「オマール君。どうやら私は適任者を間違えたかも知れない」


オマール:「いや、何とかしてもらいたい気がします」


2人は顔を見合わせながら、小声でそんなことを言っている。


アダムスキー:「そうだ。ネアン君。いろんな人から聞いているんだが、

君は宇宙旅行をしたがっていたね」


おっ。何か展開が明るくなってきた。私は泣き声を中断させた。


アダムスキー:「私はこの後、次の任務があって、君を構っておれないが、

オマール君が、この後非番になるから、連れていってくれるだろう」


オマール:「実は、作業しながら、その話題が出ていたんだ。

ジーゼット星に一緒に行って、妹の件が終わればここに立ち寄って

君を下ろして、我々は帰るという行程でどうだろう」


ベンザ:「ネアン。買収されちゃダメよ。あなたの主張を貫くのよ」


ティシュ:「でも、ネアンが同行してくれたら嬉しいな。クシュ」


ベンザ:「そうか、それもいい手かも知れないね」


ガビョーン。なんだか、ややこしいことになりそうだ。「ヒク、ヒック」


オマール:「一体、彼らは向こうで何を話してたんだろう。

なんだか親しくなりすぎているようだ。ジョージ、大丈夫だろうか」


アダムスキー:「うーん。どうしたものかね。ネアンはけっこう曲者らしいからな」


まあ、こんな風にして、私は初めて、

宇宙旅行に出させていただくこととなったのである。

私には説得力がないので、いつも非常手段に頼ってしまうなあ。


アダムスキーとは、とりあえずお別れとなった。

彼はいたって物静かだったが、中庭の船の扉を開け、

タラップを上ったとき、振り返ってこう言った。


アダムスキー:「では、ネアン君。初めての宇宙旅行、

しっかりやってきてくれたまえ。

君が旅行から帰ってくる頃には、この館に朗報がもたらされていることだろう」


朗報と言うにしては、アダムスキーの表情は厳しかった。


アダムスキー:「では」


そう言って、アダムスキーは船の扉を閉め、

ヒューンという動力音がひときわ高く上がったかと思うと、

船は急ぐように離陸し飛び去っていった。


私:「朗報って、本当に良いことなのかなあ」


オマール:「さあ、行こう、ネアン。君の願いが叶うんだ。

しかも1つや2つじゃないぞ」


私は、どこか釈然としない気分であった。


ベンザ:「ネアン。あなたにとっても、初めての旅行なのね。

初めて同士で、しっかりやりましょ」


ベンザの言葉に気分が少し晴れた。

私は館をそのままにして、3人に従った。


このタイプの宇宙船には、初めての搭乗だった。

船内も、今までにない赤と黒を基調とした色彩と神秘に包まれていた。

部屋というしきりはなく、広いスペースが全ての作業の場であった。

必要とする装置は、それが制御関連のものであろうと、

寝台や椅子の類であろうと、床下や天井から忽然と現れるのだ。


そうした装置の類は、実体としてあるのでなく、

一種の力場が形成する形態であるかのようであった。

というのも、船内に入ったとたん、

私も他の3人もソフトな玉虫色の薄膜に覆われ、

オマールの右手のサイン1つで、上から縦横2メートルほどの制御板が現れ、

下からは4人分の椅子が用意されたのだが、

椅子は座ったときの薄膜との斥力によって

実感されているかのようだったからだ。

その椅子は私が適切と思う姿勢に流動的に変化した。


普通、多弁な私は質問や会話をするのだろうが、

置かれている環境の不可思議さに、何もできないでいた。


オマールは制御板に触れることなく、ただ両手を様々に変化させた。

すると制御板と思われたものに青白い映像が現れた。

その前で、なおも手を変化させるオマール。

映像は、青白い光の中に、奇妙な人型のシルエットを浮かび上がらせた。

それは、こちら側に向かって語りかけてきたのだ。


シルエット:「緊急の用向きを述べよ」


オマール:「ルートと人員の変更をお願いします。

人員はここにいるネアンの追加。

ルートは、帰路ここに立ち寄る行程の追加変更です」


その時、映像の中から、青い光線が私を照射した。

ほんの1秒でそれは収まったが、私は突然のことにびっくりした。


シルエット:「おお、この者なら知っている。

ネアン。私を憶えているか。ロアーだ」


私:「ロアー?」


ロアー:「ロンバス4次元のロアーだ。

オアシス開港祝賀会でお目に掛かったではないか」


私:「あー、あの痒い痒いのっぺらぼうの」


ロアー:「そんなことは、どうでもいい。

形態の相違を揶揄するのは低い知性のすることだ。

君らにとって、私は実体のない雲のようなものだ。

雲はいいぞ。はかなく見えて、その実、時空を掌握しているのだ。

ところで、君には星間に出るという予定は、初めから組まれていない。

それに耐えられるだけの資質もないのだが、

それでも敢えて希望するのか」


私:「はい」


オマール:「ネアン。資質なく星間に出た場合は、

その途上でショックを起こしたり、

帰還した後、ひどい後遺症に苦しむことがあるんだ」


私:「どんな?」


オマール:「精神錯乱を伴うものだ」


私:「えー。それは怖いな。

ロアーさん、本当に僕には資質がないんですか」


ベンザ:「大丈夫よ、ネアン。それだったら私たちだって同じだもん。

本来私たち女は、星間に出る資質がないの。

それが今回許されたこと自体が、すでに掟破りなのよ。

だけど何も精神に異常は起きてないし、その気配もない」


オマール:「馬鹿。何を言ってるんだ。

お前達の場合は、ロアーさんが資質に問題なしとして許可しているんだ」


ティシュ:「彼のことは私が守るわ」


オマール:「ティシュ。お前まで何を!?」


ベンザ:「お兄さん。私たち女性はみんな不自由を耐えてきたのよ。

それを男だけの都合で引き締めたり加減したり。もう耐えられないわ。

彼を行かせてくれないなら、私も行かない」


オマール:「しかし、資質のあるなしというのは、

そういうレベルの問題じゃないんだぞ」


ティシュ:「私はとにかくネアンを守る。

ロアーさん、彼の資質、何とかしてくれません?」


ロアー:「資質は、個人に固有のもので、

たとえて言えば、子供に総理大臣の執務を

とらせることができないのに似ている」

ひどいなあ。なにもそんな例を引くことないじゃないか。


ティシュ:「私は絶対イヤ!!そんなことなら、もう行かない!!」


ティシュはかなりヒステリックになってきた。


オマール:「分かった。みんな、分かったよ。

ロアーさん。難しいかも知れないが、極力ソフトランディングできる

プログラムを用意してもらえないだろうか。

彼にとっても、結果がなるべく穏やかであるように」


ロアー:「努力してみよう」


映像から、人物の姿が遠ざかっていった。


オマール:「ネアン。ロアーは特別なプログラムを用意してくれるだろう。

そのために、多くの者の世界線が影響を受けるに違いない。

それでもなお、君は無傷のままで済ませられる保証はないんだ」


ベンザ:「私にはよく分からないけど、

プログラムとか世界線というのは、未来の運命のことなのね」


オマール:「そのようなものだ。お前達も、この先の未来が、

どれほど変化するかは分からないけど、それは覚悟して置いてくれ」


ベンザ:「覚悟するって?

私たちには、未来なんて初めから分かっていないのよ。

それとも何。お兄さんには私たちの未来が分かってたってわけ?」


オマール:「・・・」


ベンザ:「そうね。そうなのね。ひどいわ。

私たちが、無事ジーゼット星人に嫁ぐことが分かっていたのよ。

いや、そうなるよう仕組んであったんだわ」


ティシュ:「そんな風な未来だったら、滅茶苦茶に変わってしまった方がいい」

オマールはついに耳をふさいでしまった。


やがて映像に再び人物像が戻った。


ロアー:「暫定的にネアンの星間旅行を可能とするプログラムにした。

様子を見ながら、途中で2,3回の修正を行うことにする」


オマール:「分かった。ありがとう。では、

今からプログラムに則った自動運航に入る」


オマールは手の動作をいくらか行うと、

映像は消えて辺りは赤と黒の色彩のみとなった。

そして再び映像が現れたときには、飛行中の外界の光景であった。

すでに音も加速感もなく発進していて、

まるで高速の航空撮影の映画を見ているかのようだ。


ベンザ:「すごいわねえ、地球って。どうしてあんなにマダラなんだろ」


私:「広いほうが海と言って、水のあるところで、

狭いほうが、私らが住む陸というものです」

そんな感じの素人に対してするような解説をいくつかした後、

宇宙空間へと出た。

しばらくすると、私は不快な気分になってきた。

自分を構成するあらゆる要素が、頭の芯に一斉に集合しているような気分で、

このままではこの芯が燃え出すのではないかと思われるほどだった。

呼吸が早く荒くなり、頭に血が上る気がした。

それは死の恐怖をも伴い始めた。


私:「ああー」


ベンザ:「どうしたの、ネアン」


オマール:「やはりか。これがその症状なんだ」


ベンザ:「大丈夫よ、ネアン。何も心配することない。画面を見るのよ」


画面は動いているだけで何の魅力もなく、頭の中では

今にもすべての回路が火花を放って切れかかっているようだった。


その時、ティシュが、何を思ったか私の前に回り、

体の上に乗りかかって両手で圧迫してきた。


その力は、ものすごいもので、私は胸の圧迫感で、

心配を急遽そっちに向けねばならないほどとなった。

呼吸ができないほどである。


私:「く、苦しい・・」


オマール:「ティシュ。何をしているんだ。馬鹿なことはやめろ」


その時、少し力がゆるんだが、体の密着面はむしろ増えた。

オマールがそれを引き離そうと側に来ると、ベンザがそれを阻止した。


鰐か恐竜のパワーを考えてもらえばいい。

内臓が圧迫されたことによって、

不思議にも、発狂の恐怖が和らいできた。

過呼吸状態が緩和され、頭への一極集中感が緩和されてきたのだ。

これは彼女の直感的救護措置だったのだろうか。


彼女越しに見る映像はトンネルのようなものを映していた。

おそらく、超時空航法(ワープ)を行っているのだろう。


やがてティシュは太く無骨な腕で、仰向けになった私のおなかをさすり始めた。

ずしっとした重量感がおなかと胸を何度も往復して、

それが呼吸のリズムとなった。

その時、ティシュの耳から粘液が垂れてきて、私のセーターが濡れたが、

そこから甘い香りがしてきて不思議な気持ちになった。

この種の匂いは嗅いだことはないが、何とも快く、

私の頭も次第にすっきりしてきた。

まるで、ティシュ自身が漢方薬であり名医であるかのように思われた。

残る2人は、回復していく私の様子をじっと見ていた。


そうするうちに映像は、どこかの惑星を大きくクローズアップさせた。


オマール:「よし。まもなく到着だ。その前にパパに一報入れとかねば」


オマールは、両手でいくつかポーズをとった。

すると、映像が一変して、クリアーな背景と共にイグアナ顔が現れた。


父カレン:「オマールか。ジーゼット星に到着したか」


オマール:「はい。でも、同行者がもう1名おります」


カレン:「すでに聞いて分かっているよ。ネアン君だね。

無事たどり着けたのかね」


オマール:「ええ。何とか持ち堪えたようです。

私はこれからネアンをここに残し、妹2人を連れて会場に向かいます」


オマール:「うん。そうしてくれ」


ベンザ:「パパ。私はネアンも連れていって欲しいわ。

ネアンはいま具合が悪くて、ティシュが看病しているのよ」


カレン:「なに。やはり宇宙病に罹っているのか。どんな様子だ?」


ティシュとこちらの様子が、向こうにも映し出されたらしく、


カレン:「ティシュ。そこで何をしているんだ。ネアン君、大丈夫か」

私は、おなかをさすられながらの状態で、手を振った。


カレン:「おお、反応があるな。気分はどうだ」


私:「気分は良くなりました」


カレン:「おお、そうか。大変だったみたいだな。

だが、星間飛行で持ち堪えられたなら、

すでに惑星上にある君に問題はない。

そこでしばらくくつろいでいてくれるね」


私:「はい」


ベンザ:「ダメよ。絶対に連れていってもらいたいの」


ティシュ:「パパ。私はここに残って、彼の看病をします」


そこで血相を変えたオマール。ベンザの肩を小突いた。


オマール:「そんなことできるか。お前たちが行かなければどうするんだ」


カレン:「いったい、どうしたというんだ。

今日はお前達の晴れの見合いの日だ。

先方では、盛大な歓迎祝賀の用意がなされているというのに、

欠席するということはできないんだぞ」


ティシュ:「ネアンはいつ再発するか分からないほど、重症なんです」


そう言うと、急にティシュは手に力を込めてさすり始めた。

私は突然、「ゲボゲボ」と嘔吐し、胸でボキッと音がした。


私:「ぐえー・・」


カレン:「おお、ネアン、大丈夫か。

オマールよ、ジーゼット星の病院を手配してはどうか」


オマール:「それはできません。むしろ誰か緊急応援に来てもらって、

彼を地球に送り返した方がよろしいでしょう」


ベンザ:「ダメよ。飛行中にティシュが応急手当したから、

ここまで何とかこれたんでしょ。ここはティシュが付き添っているべきよ」


ティシュ:「私は、ネアンが近くにいて看病できるなら、出席します」


カレン:「そうか。もし何か異変が起きたときには、お前が見てやれるんだな」


ティシュ:「はい」


オマール:「パパ。僕はもう知らないよ。

お見合い、うまくいくかどうか、全然自信持てない。

だいたいネアンが乗り込むこと自体で、

先行きが不透明になってしまってるんだからね」


カレン:「うーん。お前が自信をなくすとは、困ったことだな。

到着時刻はとっくに過ぎている。下ではきっと待ちかねていることだろう。

お前達は、ネアン君を連れて外に出て、予定の行動をとりなさい。

私の方で、ロンバス4次元には掛け合ってみよう」


こうして、私は、ダメージ大きい宇宙病の代わりに

肋骨何本かの被害で済ますことができた。

私はティシュに、「もう大丈夫。頭の痛みは、胸の痛みで肩代わりされて、

もうなんともないから」と小声で聞かせたので、

彼女の手当は一段落したのだった。


しかし、私は酔った気分が残っており、立ち上がることができず、

変形した椅子そのままの状態で、ストレッチャーさながら、

ジーゼット星の地上へと運ばれて行ったのだ。


→天上人の宴(7)









−Copyright(c)2001- Okuhito all rights reserved−