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    夢見超常体験


よく夢で大災害の夢をご覧になる方がおられま す。ほんとうにそれが起きてしまった場 合、つまり正夢だった場合、ご本人もそうとう苦しまれるのだろうと思います。
私の場合は、大災 害の夢は、そう、一度だけ大津波がやってきて、私自身が呑み込まれてしまう夢を見たことがありますが、自分自身は何の恐怖もなく、むし ろ、おお、やってきたなという感じで胸を張っていたのを憶えています。次の仕事が待ってるときに、やっと電車がきてくれたといった感じと言えば嘘になりま すか。
むろん今までそれ が正夢になった経験はありません。(すでに死んでますわな。しかし、パラレルワールドでの私の別のタイムラインにはあるの かもしれないことなどを一考するのは、私だけでしょうか)
事が私事に関する 夢では、多く正夢になった経験があります。正夢というより、同時並行的に私の知らない事象が進行していて、それを知らないはずなのに、象徴夢として見てし まうといったものですね。また、中には予知夢もあったま す。

主だったものはけっこう憶えているので、挙げていくこと にします。




白 球UFOがすいすい出てくる夢 (1975年)

白球UFO がすいすい出てくる夢は、実際にUFO 観測会に参加して、初めて実際に目撃した赤
いブーメラン型UFO の"続編"として見ています。
UFO を初めて目撃したときの、きっかけとなったと思われる行為は、中天の夜空に向かっての「私
を友達にしてくれますか」の問いでした。その相手は大きな赤橙色 の三日月形UFO(ブーメラン型
UFO)で、視野のど真ん中に現れました。
その数日後の就寝時から、夢に白球型UFO が登場するようになりました。たいがい夢に出てくると
きは、満天の夜の星空を、複数機でみずすましのようにすいすい飛ぶシーンでした。それはまさに、
私を友達として誘うかのようでした。26,7歳頃のこと。

詳細は「奥人のユーホー体験」 をご覧ください。
また、ホームページにもあらましを載せています。 ⇒ UFO撮影同道記
また、この話には後日譚があります。
32,3歳の頃、興味を持って行ったピラミッド瞑想時に、夢の白球UFOが赤熱しながら私の意識集中
していた眉間に飛び込んできて、光のシャワーとなり、視界全体が真っ白けになった経験があります。
まだ白球UFOなど実在するとも知らない頃の話。ところが、少し後に、夢で見た白球UFO が実在する
ことがわかり、またそれに関わることになるのです。

そ の後の展開

白球UFO が本当に存在していることを確認したのは、同じようにすいすいとまではいかないまでも、
ゆっくりと群れて飛んでいる映像や写真を見てのこ とです。 中でも、身近なところでは坂本廣志さ
んが、フジテレビ系の取材日の前日の午後3 時過ぎに、30 分にも渡る星の子UFO の大群を撮る
という快挙をしています。

彼は当時、武良さんと私の二人でやっていたUFO ビデオ撮影友の会に新入会した人でした。
UFO や宇宙人、神仏の世界の伝説の話題たっぷ りの人でしたが、これで彼の真実味が格段に
増したことは言うまでもありません。

いかに夢の白球UFO が私の傍に現実化しているか。むろん自分でも単体ながら目撃しながら撮
影していますし、G の嵐のロケの最中には、それも終わり ごろに多数の白球UFO の出現 (私の肉
眼では肌色に見えたが、テレビカメラには白球UFO として写っていた) を見ています。
そして、最近では、武良さんが「UFO を呼べる男」として、マスコミデビューされるようになりました。
そのとき出てくるのは紛れもない白球UFOです。それはかつて私が夢で何度も見たUFO。

白球UFO は我々の間では、まぎれもない実在なのです。私は「星の子」という愛称で呼んでいます。
なぜなら、私にとって、ミニチュアピラミッドの中で起きたことは、太陽神の子供の超入の儀式だった
気がするからです。
それが後(2013年〜)に、アメノホヒへの手がかりへと結びついていくことになるのです。
⇒ 後述・出雲大社式年遷宮翌日未明の夢





英 国紳士風宇宙人の訪問の夢 (1977年?)

名古屋にいた頃(私が26歳頃のこと)、シンバル状UFO 2機に乗ってやってきた二人の宇宙人が、
神戸の元の家(ここには小学〜大学の頃に住んでいました)に訪問してきた夢を見ています。
これは私が中学三年のときに宇宙人の訪問を実際に受けていたものを、記憶の消去がなされて後
日、夢で思い出したと解釈できています。

それが単なる夢でなく、確実にあったことであることは、当時私の妹が、私が受験勉強で部屋を
チェンジした際、山高帽の英国紳士のお化けが出た恐怖体験を語っているからです。
妹が霊視するようなことは皆無ですから、まさに宇宙人の実体を見たに違いなく、また本人もほん
ものの英国風紳士だったと主張しています。
なんとその当時の神戸の家は、二戸一長屋のうさぎ小屋で、やってきたとするなら2階のベランダ
からだったでしょう。
そのときの夢は、母がお茶を運んできていて、何だか家族ぐるみで巻き込まれていたのかなあと
いった印象です。
詳細は「奥人のユー ホー体験・拉致体験もか」をご覧ください。図解入りです。





天 帝様にお会いする予定の夢 (お会いすることは未遂 1979年頃)

かなり昔、30歳頃ですが、奇妙な夢を見たことがあります。

何かの催事場に正装して参ったのですが、その入り口でパンフレットをいただくのです。

手渡されたパンフレットの表には、「天帝様へのお会いの仕方」と書いてありました。
たったひとりでそのまま通路から向こう側に出ますと、大きな野球場のグランドです。
その真ん中に行こうとして、そのとき右側一塁側観客席に、陽光を浴びて白銀に輝く、けっこう太
目の十字架がたくさん重なり合うように、観客席を埋め尽くしていました。

野球場をプレーヤー側から見るといった感じで、私はグランドの真ん中に行くと、どういうわけでそ
うなるのか、私は右手に持っていたパラソルを開いて、その浮力で天に昇っていこうとしているので
す。
タキシードで頭にハットを被り、手にパラソルといったいでたちでしたから、まるでセーラームーンの
マンガのようでありますが、その当時あのマンガはまだなかった頃だったでしょう。

私は上を向きますと、空は若草色(薄緑:映像を加工したときになるような)に、和紙のようなうす雲が
かかり、私は広げたパラソルを浮力 にして、上空へと揚がっていき ます。空からは微妙な天楽
(コーラス)らしき音もしています。
と、中空まできたとき、私はまだ行くべきときではないと思い出して、上昇を止めました。そのとたん
に、目が覚めてしまったのでした。

さあそれから最近になって、といっても2001年のことですが、その夢の話をさせてもらった女性か
ら、折り返すように衝撃発言が・・・。
あ る精神修養の道場(断食道場)で以前同席したという、アメリカのベティさんという女性が、かつ
てロサンゼルスの野球場の外を通行していたとき、スタジアム の中からたくさんの十字架が空に向
かって揚がっていく様を目撃(幻視)した話をしてくれた、というのです。ベティさんという方は霊視
能力者だったのでしょ う。
その道場というのは、兵庫県高砂の高御位山の下麓に今もあり、どんなところか、そのあたりまで
私も行ったことがありますが、昔話を蒸し返しにいくわけにもいかず、その程度で終わっているわけ
です。

「天帝様へのお会いのしかた」というパンフレット。そして一塁側観客席の白光した十字架群。
天帝様とは誰なんでしょう。
もし元始天尊(盤古)だったら、対決せねばならないかも・・・。
盤古は地上の人間たちに幻術を仕掛けているヌシなのでね。(とSF 解釈)
そのときにはセーラームーンたちにも参加してもらわねば、色気もなにもありません。

しかし、十字架群はみんなキリストに会いに行くと信じて待機しておられたのではないでしょうか。
まあ、あのときの夢では、私と十字架群は別行動するようでしたから、どこかでルートが異なること
でしょうが。
ただ言えそうなのは、私の方が先に行くのだろうとは思います。
その関連性からすると、黙示録に言う最後の審判の督促のような用向きになるのではないかと思
います。

昨今、サンドレアス断層の崩壊が間近だと囁かれていますが、ロス地震などが起きるときには、私
の方がすでに先に逝ってることになるのかもしれませんね。つまり、私が逝っ たしばらく後ぐらいに
同地震が起きるのかも知れないと。
それも、もう間もなくのような気がします。





    死せる父、夢枕に  (1980年)

    父が死に至る症状で倒れたとき、ちょうどその時刻に、下顎の臼歯がひとつ、前後に真っ二つに
    割れて、内側が取れてしまうという出来事が発生しました。
    病院で、父の臨終の間際、ベッドの向うになにやら揺らめきのような、ちらつきのようなものが立ち
    上るのを目撃。

    父の死の二日目の未明に鮮明な夢を見て、そこに父が現れる。その内容をむかし書いたものがあ
    るので、参照願えたらと思います。
    https://rainbow.xn--kss37ofhp58n.jp/story/chichi.htm

    そこでは、父がうちの家系の菩提寺にいて、赤銅色の丸柱の横の黒電話から電話してきたわけで
    した。(電話している父の様子がこちらには見えている)

    私 が「今どこに居るん」と問うと、「しんしょうじに居る」という父の返事。それが、母も私もその時点
    では知らないはずの父の田舎の菩提寺の名前であることは、実際に関わることになって初めて分
    かったことでした。丹後伊根町の振相寺がそれです。
    しんそうじと呼んでいましたが、しんしょうじと呼べなくもなく、 父は若い頃にそう呼び習っていたのか
    も知れません。赤銅色の柱は実際にありましたが、そこに黒電話はありませんでした。






    先祖の御霊を移転したとき  (1981年)

    私は名古屋で仕事していたため、それを理由に神戸の家のことはほとんど母と妹に任せていまし
    た。
    母は、父をねんごろに弔うために、先祖の墓を神戸に移転することを計画。

    私にはそのようなことを内緒にしていたのではなかったかと思うのですが、私は墓の移転する直前
    の未明の夢に、青黒い空間に、芋とその 根のつながりのようなシルエットが、横たわっていた状態
    から縦に起き上がり、それが何体か連なって立ち昇るという気持ちの良くない夢を見ています。
    むろん、芋と根のつながりというのは、あちらでは土葬のゆえに頭蓋骨と脊柱がこのように見えたと
    いう次第だったかと思われ、魂抜きが抜かりなく行われたことを示すものであったと分かりました。

    現実には土葬された実体を掘り起こして持って行ったりはしません。墓所の移転に伴う、形而上的
    な観念世界における儀式上の魂抜きなのです。それを実体的夢として見てしまうとはいかなること。
    夢とはいえあまり気持ち良くないものでした。




  •  

  • 母が生前戒名を受けたとき (1981年)


  • 父が亡くなったときの戒名を、神戸に先祖の御霊を移転した際に、新しい菩提寺にもう一度付け
    替えてもらったのですが、そのとき、母も生前戒名を作ってもらったのでした。
    ちょうどその頃のこと、私は名古屋にいて、未明の夢に、浄円月を右肩に載せた白衣両翼の天使
    が、きれいな群青色の空に満天の星とバックコーラスを背景に出てきて、その肩の満月で私をピカ
    ピカ、ピカピカと照らしたのです。
    天使の顔を見れば、まぎれもなく母の顔でした。
    私はその頃から、インスピレーションが頻々と沸くようになったことを覚えています。
    母の生前戒名は「智円妙定大姉」です。それを知ったのは、私が4,5 年経って神戸に舞い戻って
    からのことでした。
    ちゃんと戒名どおりの現れ方をしていることになりませんでしょうか。名は体を現すとは、私の実名
    においてもそうでしたが、母もそうです。名は「禊」というのですが、まさに親、夫、子の三代に身を
    尽くした、カルマを消すような人生でした。
    さらに戒名にいたって、月の天使として現れたこと。まだ母は当時ぴんぴんして生きていましたが、
    私に前もって正体を見せてくれたに違いないと思っています。と同時に、戒名さえも(霊)体を顕す
    のではないかと思ったことでした。
    そういえば、よく「月よりの使者」を小さな 声で口ずさんでいた母でした。きっと本人が月よりの使者
    だったのでしょう。





火 星で導師にボースの丘を示された夢 1984年頃

かなり昔、奇妙な夢を見たことがあります。

その場所は火星であるとわかっている夢で、私はある人物に憑依しているようなのですが、
その人物に対して、数m離れたところに古代ギリシャ風の衣装を着てオリーブの冠を付けた導師らしい
風格ある人物が、あれを見ろと、腕を伸ばして指さすのです。

すると私の憑依している人物は驚いたように、「あっ、あれは・・・ポ、ボースの丘だ」と叫びました。
この人物は、その場所に居た経験があるようでした。

私は指された方角を見ずに、導師のほうばかり見ていて、指された方角を見ていなかったので、そこに
何があるのかわからずじまい。
しかし、導師のはるか向こうに、ピラミッドが二つ、部分的に重なるようにして並んでいるのが砂塵舞う中に
見えていました。
そして、目が覚めたのでした。

確か、火星に人面岩がありました。その近くにはピラミッドもいくつかありましたね。
「ボース」という言葉で思いつくのは、ポセイドンです。
もしかすると、そこは「ポセイドンの丘」、つづめて「ボースの丘」と呼ばれていたのでは・・・。






  • 幽体離脱後の夢見で自分の未来(今日)を見た (1990年頃)

  • もう昔のこと、40歳過ぎの頃(1990 年頃)、仕事の性質と、住居していた場所柄によるのかも知れま
    せんが、俗に言う"金縛り"から"幽体離脱"に至り、さらに"夢見(夢と意識している夢)"へと入ってい
    くことが、しばしば起きました。

  • そのようなことが頻繁でしたので、興味して幽体とやらの性質を調べたりもしたものでした。
    壁の通り抜け、伸縮自在かどうか、感覚はあるか、など。そして、幽体離脱させて夢のコントロール
    へと入っていくのです。

  • 金縛りが起きるときは必ず、脳の中の周波数変化が感じられ、いつもは潜在している"シーン"とい
    う音が、周波数を落として、猛烈な爆音に変わって存在感を一気に高 めてくるのです。
    ヘリコプターの近くにいるような音で、大概その音に人は異常を感じて恐怖するもののようです。し
    かし、何度も金縛りをしているうちに、 爆音もさほど大きくなくなりまた柔らかくなり、慣れのようなも
    のができてくるのです。

  • 金 縛りのままでは、まったく動けない。しかし、意図して力をそれなりに入れて抜こうとすると、まず
    腕が割合簡単に抜けます。最初のころは、そんなことを繰り 返して、幽体の性質を調べる実験を
    始めるわけです。目を開けての金縛りですから、幽体の掌を目のと ころに持ってきてかざして見ま
    すと、視野の周辺部での み、うっすらとした輪郭が確認できるのです。視野の真ん中では見えま
    せん。もし皆さんも幽体離脱 がおできになるなら、確かめてみてください。視野の真ん中で物の 実体
  • が確認できて、周辺部では色すらも判別しにくいというのに、逆に霊的なもの は周辺部でしか見えな
  • いという奇妙な仕組みが、人間の網膜にはあるようです。この理由から、「何 かの気配を感じる」とか
  • 「何かいま通ったような気がしたが、気のせいだった」という現象の意味がわ かってくるかと思います。

  • 次 の実験としては、幽体の全身を抜くのですが、このときばかりは目を瞑って行いました。というの
    も、抜けたときの自分の目で、何が見えるか怖かったからで す。(やはり怖さはあります) それに、
    目を瞑っておれば、そこから幽体それ自体の目による観測、つまり夢見が開始されるのだから、安
    全に思えるわけです。

  • 全身から幽体を抜くときには、意志が力になりますね。最初のころは、まるでゴム糊をバリバリとは
    がすようにして、抜けたものでした。しかし、それも繰り返している う ち、粘りつきが少なくなります。
    これも慣れなのでしょう。

  • い つものように全身から幽体を出して、いろいろと夢の世界を散策するに、その色彩の度合いは、
    鮮やかで生き生きしているのが常です。光と三原色が生きている といいますか。それから比べると、
    現実のどんよりしていることといったらありません。どこもかしこも、どす黒くよどんでいるのが現実。
    だから、本来、どっ ちの世界が本物かというなら、あっち(夢見の世界)のほうがよほど本物ではな
    いかと思うほどです。ただし見る内容は荒唐無稽になりがちです。

  • さて、そのような中で、夢というものは自分のコントロールが効かないことで知られています。しかし、
    夢見の場合は、自分の立ち位置がわかっているため、 どこへいってみようかというアクションが起
    こせます。

  • その日の夢も、そうでした。展開は荒唐無稽にも、妙な登場人物があったりするものですが、それ
    でも自分が保てているだけに、意図した光景も出てくるようになります。
    私はどう意図したか知れませんが、人跡の少ないところに行きました。途中で馬かロバに乗った見
    知らぬ二人連れに出会い、周囲がまるで西部劇シーンのように、夕日が当たり赤茶色の山肌を照
    らしていました。

  • さらに進むと、自然そのままのせせらぎがあり、そのほとりには、チューリップのような花が咲いてい
    ました。しかし、空は濃紺色で、太陽が出ている にもかかわらず、ふつうに見る薄い青色などでは
    ないのです。
    ちょうど、高度1 万メートルほどの上空の成層圏から空を眺めたような感じでしょうか。
    太陽がせせらぎに照り返してふわふわ揺れていても、水面全体が濃紺を反射していて、まるで夜
    中に月の照り返しを見ているようで した。

  • さ らに進むと、四角い建物がいくつか建っていて、それが古いせいか、周囲に苔のような灰色のも
    のを垂れ下がらせていて、どの建物もそんな感じでした。苔らし きも のの色は淡いグレー。ビルの
    ようでもあるが、どれもビルというには小さい建物です。そこに人が向う側から花の植物の鉢を持っ
    て上がってきました。

  • 見るとその人物は、ベレー帽にメガネ、茶と黄のチェック柄のセーターを着て、いま植物をそこに
    植えようとしているようでした。屋上緑化のようなことかと思えました。
    私はそこでその人に問いました。「いつごろからここにおられるのですか?」と。
    するとその人は、「もうかなり前になります」と答えてくれました。

  • そこで儚くも夢から醒めたのですが、夢から醒めるときというものは、いちばん大事なポイントを醒
    める直前に置いていることが多いものです。
    実は、その人物は、私と顔と姿がよく似ていたのです。

  • それから、25 年が経って今があるのですが、数年前から山暮らしのために移り住んだこの地で、
    物置倉庫をいくつか作り、その屋根を葺くのに、ホームセンターで売っている厚手のUVシート(シ
    ルバー)を使っているのです。

  • 別のいいやり方はいっぱいあるとは思うのですが、安価に済むため素人判断で偶然そ うしてし
    まったのでした。
    いかに素材が強くて 防水性に富むとされていても、劣化はします。が、少なくとも2年の耐久性は
    あることから、今後もこのやり方にしようと思っています。倉 庫の フレームは単管組みにして、屋根
    の下地をコンパネにして屋根用の防水シートを敷いていて、その上にUV シートという具合で、屋
    根の上にいちおうは上れるよ うになっているのです。

  • そして、今目下、屋上で野菜や花をプランター栽培しているところです。
    下の露地で栽培したなら、鹿や猪が来て、たいがいは食い荒らされてしまうのですが、屋上だと彼
    らはよう上がってきませんから、囲いなどする必要もないのです。この界隈の民家は、栽培したくと
    も、動物の食害があって、よほど強固な囲いをしなければ、できないのです。
  • こうして、この倉庫はマルチ用途を好む私の合理精神を如実に表すものとなっ ているのです。他
    人の目からは奇異に映っていると思いますが。

  • ある時、UVシートがあの苔に相当するのではないかと、その奇妙な符合に気づき、夢の人物は未
    来の自分(今の自分)だったのかも知れないと思うようになりました。夢に合わせるべく、ベレー帽も
    購入しました。該当色のチェック柄のシャツやセーターはすでに持っていましたし。
    こうして今は、奇特な「いつごろからここにおられますか」と問うてくる訪問客の来訪を待っていると
    ころなのです。

  • 追記

  • そうしているうちに、とうとうそれらしい人物が現れました。
    しかし、それは 還暦ほどになる韓国人のお姉さんでした。ということは、私はこの女性の視座を借
    りて夢を見ていたことになるのかなあ。それは2014 年11 月に達成されたことになりますか。

  • なお、一度目は、ベレー帽を被っていませんでした。ところが、滅多に被らないベレー帽姿を偶然
    目撃されてしまったのも、この女性によったのです。ふつう山暮らしでベレー帽などしません・・・い
    つもは野球帽なもので。

  • 二度に分けて実現するとは。しかも、性転換? いやいや、私の意識は任意の誰かの視座に入っ
    て、その人の視点で物事を見てくるようなのです。

  • さてさらに、2013年になって飼い猫のトラブルから山奥に廃屋付土地を安価に購入したのですが、
    そこに夢で見たような"せせらぎ"が流れているの です。廃屋に入る階段がそのせせらぎをまたぐよ
    うになっており、もしこの廃屋がなかったら、夢の光景に近いことでしょう。廃屋は未登記なので、な
    いに等しい といえば、そうなるかも。





  • 新神話に暗雲・・・イナンナが大学時代に 恋仲だったF氏と地下街の喫茶店で会っている夢 (2002)

    新神話プロジェクトの遂行には、ボンドとボンドガールの絶妙のコンビネーションが必要とされます。
    ときにはボンドが必ずしもいい方向に、ボンドガールの望み通りにシナリオ誘導していないとして、相棒からすれば不信になることもあるかも知れません。ある い は、ボンドに当初あった魅力がなくなったとか。

  • 若いボンドガールは忍耐なく育ってきたこともあるのでしょう。邪神側の妨害 に耐えられず、プロジェクトよりも実利のほうに重きを置くようになったとき、コ ンビに破局は訪れ、同時に新神話のシナリオも崩壊に瀕するのです。

    夢は、どこかの山道をそれもところどころ水溜りのある地道を自転車をこいで、後ろに坊主頭の導師のような人物を乗せて、彼が指図するところへ急行して、 行ってみれば、どこかの地下街の喫茶店で、そこにイナンナがテーブルの壁側の椅子に座っており、私がやってきたのを見て、にこやかにしているも、すでに前 の席にいたグレーのスーツ姿の、顎のえらの張ったがっしりした男が座席を立っていて、私を横目でにらみながら、イナンナに、何でこんなやつと、といった目 配せをしていたのです。
    が、いつものように一緒に帰ろうとするところで夢が終わったというものでした。

  • 私はイナンナからかつての恋人F氏(といってもプラトニックな仲で、当時もF氏は妻帯してブラジルに住んでいた)のことを聞いていたので、ずばりイナンナ に聞いてみたところ、まさに当人に会って相談に乗ってもらっていたと答えたのです。
    破局はそれからまもなくやってきたのでしたが、かなりもめたことは確かでした。新神話が一筋縄ではいかなくなったからです。(新神話第七章)
    私は激しく食い下がったため、最初のカンナオビに、私を返す段取りまでして、イナンナは身を引いたのでした。


  • 以後、カンナオビと新神話を再構築していくこととなりました。(2004年のこと)

  • このカンナオビがまた有能なボンドガールだったのです。むしろ私は普通の人であってほしかったのですが。
  • 初デートの日、加西フラワーセンターだったのですが、その帰りにお土産とし て、何か買ってあげることにしたとき、彼女は迷わず「龍の髭」を選んだのです。あまたある花々のある中で、またどうして。びびびっと来ました。
  • そこで私は、すぐそばに売っていた、針金細工でできた自転車 で、後ろに荷台のついた置物を、合わせて買ってお土産に持たせました。ちょうどその鉢に荷台がマッチしたのです。そして私は、「ぼくはこの運転手。君の夢 を乗せてこの宇宙を走ってあげたい」と言いました。


  • イナンナが新神話プロジェクトの火付け役をしたとすれば、カンナオビは完成までのステップを踏ませてくれたことになります。イナンナの期間はちょうど二 年。カンナオビの期間は全体では九年と少し(実質は七年)でした。

  • カンナオビは、私がそれまでの何の実も花もない人生を儚んで、私をここに置 いた神に人生定年50年までにしてほしいと上奏していたのを、なんと50歳になる前日の 1999年12月14日にメールで討ち入りしてくれたため、やっと人並みのことを達成させてもらえたのです。彼女は弁才天の化身なのです。

  • イナ ンナはカンナオビの討ち入りの七ヵ月後に現れ、私の思いは二年間イナンナに傾きました。思えば、このきっかけがなければ、新神話もなかったのです。だか ら、イナンナ はこの新しい物語の火付け役。最後までのお供はカンナオビがしてくれたことになります。

    イナンナの属性  玄武、亀、乙姫、金縁の青龍、白蛇、市寸嶋姫、月、ディアナ
    カンナオビの属性 青龍、亀、乙姫、白龍(雲竜)、青蛇、奥津嶋姫、豊玉姫 のちにイナンナの玄武と白蛇を兼務
    私の属性      朱雀、鶴、浦嶋、鳳(火の鳥)、許仙、アメノホヒ※、山幸彦、太陽、 ルシファー

    新神話の側で、裏切ったイナンナの神霊(白蛇)は脱魂してカンナオビに合流すると書き記しますと、カンナオビがそれを読んだ後になってからのことになりま すが・・・。
  • 2005年にカンナオビと元伊勢に連れて行った際 に、 現地でG氏と出会ったわけでしたが、G氏は開口一番、今朝未明に、二匹の蛇が飛んでくる夢を見た。それも白と青が交互に反転しながらだった、それはカンナ オビさん に関係あるように思えたと話し始めたため、カンナオビも私も背筋がぞっとするほど驚愕。
  • 新神話では、イナンナが白蛇、カンナオビが青蛇との配役が、2002年頃までに設定されていたのです。イナンナもカンナオビも、 そのキャラクター設定に、まったく不満はないのでした。
  • カンナオビは私がG氏と事前に打ち合わせたかと疑いましたが、そんなことは 絶対 無いと請け合いました。新神話は自然に神々をも 誘導 してしまう力があるのだと説明しました。

  • このことにより、私もおきたことに対する確信と新神話に対する自信を持ちま した。カンナオビに、イナンナの持っていた役割が付加されたことへの確信ととも に、新神話が現象をしっかりと誘導してることが明確となった のです。 
    以後、カンナオビはふつうにふるまっていてなお、新神話におけるシンクロを紡ぎ出していく存在となりました。
  • 後に(2009年でしたか)、異界交信を技能にする五木乙女が、私のことを「20世紀少年」のようだと評するほどでした。

  • そして、上記 ※ とは2013年になって、このページの後で 出てくる、出雲大社遷宮の翌未明に見た夢の解釈によって、ア メノホヒの可能性が浮上。私の本体がホヒだとすれば、神世で は我々は従兄弟同 士とい う関係になります。しかし、我々は神の雛形として機能しています。本当の神かどうかは、未だ以てわかりません。そうでなければないで、その代わり、いろん な神々の属性を兼務できるのが雛形なのです。つまり役者というわけですね。


  • 他人の視座に入って夢見するのが 得意か  (2006年12月18日)

  • 当時のブログ記事から転載します。

  • -----------------------------------------
    「夢に胡蝶となる」とは中国の荘子の夢体験。
    ところが、今日の未明に、私はおかしな夢を見た。

  • なんと自分は、金正日と同室にいる側近の一人だったのである。
    私の右に置かれた長椅子の、一人をおいて向こうに、金正日が憮然とした表情で、座っているの
    である。

  • 部屋は狭く、殺風景なコンクリートらしき壁で、金正日と私含めて6人くらいいただろうか。
    金正日は共産系の例の服。我々はスーツ姿。
    そのとき、ひとりが座を立って、部屋を出ていった途端、こちら側に固まっていた四人がいきなり相
    好を崩し、砕けた笑い顔になって談笑に入ってしまった。
    私の前にいた一人が、「だいたいこんな(不真面目な)もんやからねえ」と言うや、 私は
    「いやー、あそこ(日本)もこんなもんですよ」と、茶目っ気たっぷりに手を振る。するとみんな笑う。
    自分で日本を意識して言っていることが理解できた。
    (これが正夢なら、彼らは日本を特別にライバル視し、日本の悪口を言うことで連携を保っていると
    見られる)
    ところが、金正日だけは、椅子の上で立て膝に姿勢を変えたものの、依然として憮然とした表情で
  • 向こうの壁を見つめているのだった。(1.5mほど隣で見てるんだ。質感を伴ってリアルなことと言ったらない)
  • それからそれに関連した場面がいくつか。

  • そうして眠いままに朝起きてテレビをつけれみれば、午前七時過ぎ。
    なんと、六カ国協議再開のニュースが流れているではないか。
    ウワァー。
    しょっちゅうあるシンクロのひとつのため、さほど感動はないが、啓示夢であることは間違いないよう
    に思えたのだった。
    テレビに出てきた北朝鮮の外務員のにやけた顔。あれ?この顔は、夢の中にも出てきたぞ(@@;
    最近、夢に胡蝶、いや、別人になるリアルな夢を見ているので、これも本物ではないかと思ったし
    だいである。
    そして、六カ国協議はたいてい、不真面目な結果に終わるのではないかと思ったことか。
それから割合同時期に、金正日がどこか中国風人民服の高官らしき人物と、 肩を並べながら通廊を
歩いているのを、斜め前から眺めている夢を見た。なぜか金正日の夢を二、三回見ている。


  • もうひとつの別人になった夢のほうは次のようなしだいだった。(実はカンナオビの視座に入ったのだ)

  • 2008年のこと、私は若い女になった夢を見た。
    オープンテラスにいくつか置かれた椅子のひとつに座ってコーヒーを飲んでいた。
    隣の椅子にいたのは紛れもないスターの高田純二。
    とことこ私の後ろにやってきて、私の肩に手をかけて、笑い顔でこう言うではないか。
    「今日も抱かせてもらっていいかい」
    ゲッ。
    すると私の口を突いて出た言葉は、
    「だって、あなたの奥さんじゃないの」
    キターーーーー!!!

  • まぎれもなく、私が女の声を出したのであった。
    それも、自分の意志がどうであるかによらず、定められた手続きのように発されたのであり、
    自分の異様な発言に気がついて、エエーッと思った時点で目が覚めたのであった。
    これにはその後譚があって、カンナオビのご主人はふだんから高田純二のようなおどけ方をすると
    聞かされた。

  • てことは、おいおい、あの時のオレは君の視座にいて、ご主人から口説かれてたのか。
    ウワーッ、それって浮気にならないか?  いや、オレのほうが不倫だったか。ああ、混乱。
    とすると、あのカフェテラスは沖縄のビーチサイドのスキューバレジャーの休憩所かなんかだった
    のかなあ。

  • いったい私は、どんな能力を身に着けようとしているのであろうか。
    これも妖怪力なのか。
  • いやいや、私の本体が、必要に思うところに私を連れて行っているのである。
  • 新神話の第三章で、方士が洋一を自分の左目に組み込んで旅をした如くなのだ。





    夢で雲龍が胸に飛び込む (2007年1月 14日)

    私は50 歳以降、拾う神に拾われたようにして、精神世界的な流れに身を置くこととなりました。
    その進行役としての神話物語の創作をしているときに、夢においてもカナメとなるシーンをいくつも
    見ています。
    その神話(新神話)を補強するのは、現実のシンクロだけでなく、夢見もあるのです。
    以下の人名は新神話上での名前です。

    このときのことは、新神話の主役、カンナオビを家に招いたことが発端になっています。
    私の印章をそのとき彼女に刻みましたから、彼女は私の家の自室に自らの磁場を刻んだのでしょ
    う。
    以後、我が家は彼女が意識を飛ばしてきて密会するときの場のひとつになったのです。

    ただ、そのとき私の部屋のドアにはサイババのポスターが貼ってあり、それが進入できない結界に
    なっていたようで、それを外してからは容易にやってこれるよ うになったようです。
    (サイババのポスターも、セロテープで四か所止めをしただけなのに、8 年以上、一度もはがれるこ
    となく、貼り付いていました。私が貼りつけて私が外 したことになります)

    そんなある日(2007 年1 月14 日)の未明の夢に、カンナオビが正体を見せに我が家にやってきた
    のでした。
    彼女は白龍のまま、私の胸のど真ん中に飛び込 んできて、私と合体したのです。私は朱雀(鳳)で
    すから、鳳龍合体という瑞兆吉祥だったことになりましょうか。

    夢の詳細 (別記事から転載)

    弱小かつ病態なるものでも、夢見の世界においては広大活発な経験をするものである。
    それは知られざる世界における栄光であり、いかなる立場にあるかを垣間見せてくれているような
    気がする。
    (僭越やなあ。でも明日をも知れん病人やで許してなー)

    本日、2007年1月14日未明、午前四時台の夢である。

    私は小さな四角形をした我が家の二階のまん中に居て、北と南の開放された窓だけでなく、屋根
    や天井すらも透明化していて、うろこ雲漂う昼間の明るい空を眺望できる状態にあった。
    北の空を見ていると、どこからか降りてきた雲が数珠つなぎになり、長くたなびき消えることなく、や
    がて我が家の上空を反時計回りに旋回し始めた。

    見れば、龍のようであった。雲によってできた龍。雲竜とでも言うのか。

    一周目のときはまだそうとは気付かなかったが、二周目となって、これは龍だと気付いた。
    我が家の北側に回ったとき、それは横顔がありありと馬のような面構えをしており、夕日を浴びて心
    なし赤みがかり、後ろが長く流れて、ところどころうろこ雲のように切れつつも、尻尾らしく従ってい
    るのを見た。

    雲が龍の形を形成して飛んでいるのだ。 方向を変え、南側に回ろうとしたとき、私には龍の顔が正
    対して見えた。
    眼光もありなかなかの面構えだ。だが、どこか優しい感じがする。 屋根の上すれすれに南に回ろう
    として、尻尾が屋根に触れた瞬間に、じゅぼっと水がかかったような音がした。

    どんどん接近してきている。もしかして、私を探しているのか?
    龍はまた南から北上を開始。再び北面から南を窺おうとして正対する格好となったとき、もう龍は
    目標を捉えたらしく、北面の窓めがけて飛んできていた。

    そして、閉められた窓をひげでぴょこっと触れると、窓はさっと開いて、そこからもろに部屋に入っ
    てきて、私の胸の真ん中めがけて飛び込んだのだ。
    うわーっ!! 私の中に入っちゃったよ。合体したようだ。

    この光景は近所の人も見ていて、家の中に入ってきたマンガのようなおばさんや少年らが、私のほ
    うをすごいといった表情で見つめていた。
    そこで私は拳法のように腕をぐるっと回して、英雄ウルトラマンのようなポーズをとった。どんなもの
    だと。

    そのとたん、夢から醒めたのだった。何だ。夢だったのか。 久しぶりに見たすごい夢。
    腕の痛みや不整脈でさほど眠れたものではなかったときに、ようやく見た正月らしい夢だった。
    もしや奇跡が起きているかもしれないと、腕の痛みや心臓の不調が治っているかどうか調べてみた。
    だが、そうは問屋が卸さなかった。

    雲でできた龍。色からすれば白龍というのか。 ネバーエンディングストーリーに出てくるような龍。
    千と千尋の神隠しのハクみたいな龍。

    彼女に、「雲龍としてやってきたのは君か?」と問い合わせると、「それは私よ」と返事があった。





  • 夢で彼女を羽根天使と見た (2007年1月16 日)

  • これも不思議な夢で、私はどこかの室内に篭っていたのです。ところが、大きな羽根の白衣の天使
    が部屋に来て、それが彼女(カンナオビ)なんですね。

  • 彼女が 天井を指差すと、その一角が破損していて、青空が見えているんです。そこから彼女は出
    ようとするので、付いて出ました。
    はじめ彼女にくっついて揚力を借りていたのですが、彼女が「鳥には空がほしいでしょ」と言ったの
    で、私はああそうだ、私は鳥だったから自力で飛べるんだと悟って、ともに並んで飛んでいるといっ
    た夢だったのです。

  • そのとき、なんとなく彼女は白龍だしなあ、飛べるのが当たり前のように思っていましたね。
    創作神話でもカンナオビの白龍が先導役を務めて、私が火の鳥になってあとをついて飛んでいく
    というストーリーになっていまして、その先である大事な仕事をする運びになっているのです。

  • 夢の詳細 (別記事から転載)

  • 白龍に胸に飛び込まれた二日後の16日の未明の夢だ。 その一つ目は危機一髪といったもの
    だった。
    公園らしきところに居た普通の男のように見えた者が実は変質者で、私を眼光鋭くじっと見据えて
    近づいてくると、いきなり押し倒して馬乗りになり、急所のタマを握り潰そうとしたのだ。
    私はやにわに夢から覚め、このままやられているのでは駄目と、対策して再び夢に入って、これを
    退治した。

  • その方法は猛禽類的なえげつないものなので書けないが、夢見の戦士は、夢の中で窮地を迎え
    たなら、夢の中でそれを解決してこなければならないとされている。これは悪夢を見た人にはぜひ
    お薦めしたい。

  • 変質者を退治して夢から脱すると、何かあそこに鈍痛がする。触ると、タマ袋が小さく引っ込んでし
    まっていた。
    現実の巷では、毎日のように陰惨な変質的猟奇事件が発生していたが、夢の世界においても変
    質者が出没するとは。ああゲンが悪いため、夢の見直しを次に行った。 導入のイメージングは必
    要なようだ。

  • 一昨日に胸に飛び込んだ雲龍を懐に呼び出し、愛撫しながら眠りに入った。すると、夢の中にな
    んと彼女が現れたのだった。
    それからは私にとって最も輝かしく、すばらしい夢となった。 彼女は白のワンピースを着ていて、空
    を指差している。
    わずかな隙間から見える白雲が散見できる青空があった。 天井の板屋根の一部が破損して空が
    見えているのだ。
    彼女が指さなければ、建物の破損部分に気がつかず、空など見られたかどうか。

  • さらに彼女の上を見上げる横顔が神々しく輝いたかと思うと、 私は共に明るく自在な空に浮かん
    でいた。
    私は彼女の表情にうっとりしながら抱きついていた。 彼女主導で、共に飛んでいた。 そのとき、彼
    女が言った。
    「鳥には空がほしいでしょ」と。

  • そうだ、鳥だったんだと気がついて私も羽ばたき、 上空に向かってどんどん上がった。
    あとは二人の身に起こるべき一連の手続きなのだろうか、 よく聞き取れなかったが、楽しげな二人
    の声が青空に飛び交っていた。

  • 夢から醒めた。そう、私はそれまで籠の中の鳥だった。 ようやく雲龍である彼女によって籠の外に
    出られたと思った。






  • 母の盛大なお見送りでの彼岸 入り  (2007年9月22日)

    私の母は2007年9月6日に亡くなりました。享年82歳です。
    母は、近隣とのおつきあいもさほどなく、我が家は裕福でもなかったので、家族葬にいたしました。
    といっても、地元の葬儀会場を借りて行ったわけでしたが、親族でどうしてもと出席したのは、母の兄弟だけで、あとは自治会の隣保長夫婦、妹の職場の人のほ うが大勢を占めて、あわせて20名ばかりになりました。

    私は喪主として、おかしなスピーチをしたように思います。
    母は もし男として生まれていれば、位人身を極めると修験者に二度にわたって予言され、祖母の夢にも、毘沙門さんの二十日に生まれるとお告げがあったほどの 高徳の 魂の人であるにもかかわらず、一生涯を献身とみそぎの暮らしに費やしたことを、会場マイクで話したのです。母の実名も、名は体を顕して「禊」とい う名なの です。
    むろん、会場の誰がそんな話、わかってくれたかは知れません。叔父でさえもノーコメントでしたから。
    しかし、私の心の中の母は最高に偉大な人物だったのです。

    しかし、その母に対してしてあげたお見送りの質素なこと。位人身を極めるべきような人が、こんなみすぼらしい結末だったとは。私がいい仕事をしていて友人 でも多くいたら、もう少し盛大にしてあげられたにしても、それでも間に合うものではありません。とにかく、あまりにふさわしからざるお見送りだったので す。

  • 私は、それが申し訳なくて・・・。普通の葬儀にして、親戚じゅうに来てもらうべきではなかったかと悔やんだ末、九月二十一日の 晩に、私自身すでに新神話作りを していましたから、そこに出てくる神々や龍神さんたちに祈ったのです。
    母をなんとか盛大に、そして確実に彼岸に達せられるようできませんかと。

    すると翌朝二十二日の未明の夢に、大きなホテルを借り切ったほどの、ダーク服に身を包んだ人々がたくさんいて、朝になったぞとみんなしてエレベーター で屋上に上がってみれば、そこは山の上で、雲海の上に大きなご来光が出ていて、こちら側からご来光の下までエスカレーター風のムービングロードが渡されて いる光景 があったのです。
    私はお見送りの人々の後ろのほうに居るものの高い位置から見ていて、人々が何層にも重なるさまを見ていました。

    そしてなんと、ムービングロードに立っているのは、いつものご隠居帽をかぶった母と、付き添いの人四人で、そのうちの一番左にいたひとりは、葬儀に当たっ てくださった蓬莱道龍和尚 (実名)だったのです。葬儀に際して葬儀社の紹介ではじめて知り合った和尚さんでした。

    やがて盛大なお見送りの中、母は付き添いとともに、ご来光の下まで渡りきり、そこから右回りにこちらを振り返ると、左手を振ってくれたのでした。こちらか らもその とき、 みんなが手を振っていました。
    それが終わって、ダークスーツの人たちが三々五々、最寄の交通機関で帰るシーンまで夢で見たのでした。私もバス停でバスを待つといったふうに。滅多にはな い、とても長い夢でした。

    二十二日はすでに秋のお彼岸に入っています。つまり、なくなった年のお彼岸に見た、ご来光に至る母の夢だったのです。

    私は夢から醒めてから、昨晩の祈りに諸天善神が総出で応えてくださったと確信しました。私は仏壇に飛んで行って、昨晩 依頼した諸天善神に絶大なる感謝を捧げました。

    それは同時に、新神話がまさしく活在していることを如実に知ったときでした。
    その夢の出来事は、その日のうちにブログ報告しました。すると読者コメンテーターからたくさんの激励が寄越されました。ありがとうございます。

    さて、この話には後日譚があるのです。そのお見送りの場所が、ほ んとう に実在したの で す

    それはちょうど半年後、翌年2008年3月、春のお彼岸の頃になります。
    この当時、ブログへのコメントを盛んにお寄せくださっていたPさんという男性(先に激励くださっていた方でもある)が、春のお彼岸間近に、さるところで撮 られたご来光写真を投稿くだ さって、それを見た私が、あの夢の光景にまったく等しいことに驚いたのでした。違うのはムービングロードが消えかけている部分だけというもの。

    P さんのご説明では、実はこの方は滋賀県の野洲町にお住まいで、琵琶湖バレーでスキーをされることが多く、残雪のゲレンデに出向かれたといいます。
    山小屋で一泊されて、翌朝早朝のたぐいまれなご来光と雲海が出ている光景に感動されて写真を撮られたとのことです。

    そのときの写真がこれです。ご来光の写真をよくご覧ください。

    ブログ閉鎖に伴い、誤って画像のすべてをなくしてしまい、これは額のま まデジカメで写し取ったものであるため、鮮明度が落ちます。クリックで拡大します。


  • 左右のせり出した山々のシルエットは、夢で見たときにはお見送りの人々の頭と背中の重なりだったはずなのです。
    ムービングロードらしきものの一部も、P さんに問えば、雲海の切れ目から見える琵琶湖湖面への太陽の照り返しだとのこと。なんという粋な計らいでしょう。

    そして、なんと・・・撮影場所は蓬莱山頂で、真東に向いたムービングロードを支えて い るであろう沖 島の山頂は蓬莱嶽道行の引率を蓬莱道龍和尚 (道行きの龍というお名前)がされるという、ウルトラC級超シンクロとなっているのです。 



  • ↓クリック拡大


  • 三つの「蓬莱」の言葉が揃うという、三位一体的超悶絶シンクロとなっています。

  • 当時のブログは閉鎖し、その時点で画像はすべて失われましたが、記事のセーブはできており、コメンテーター諸氏の驚きぶりも併 せて時 系列的に遺されております。

  • それは、制作中の新神話ともシンクロしたので す。

    と言うのは、ちなみに私が2001 年から書き始めた新神話は、蓬莱島(蓬莱山)を重要拠点にして、
    正しい神々が根拠し活躍する物語になっているからです。

    なぜ蓬莱島なのか・・・それは私が50 歳以降になってから始まったインディー体験の"とば口"を開
    いたのが、神戸の舞子公園にある移情閣での出来事 で、当館の三階が拝観禁止の暗闇にあり、
    真っ暗闇の階段からわずかに垣間見られた三階の天井書画に書かれた文字が右書きで「蓬莱第
    一」だったことによります。
    詳細は、弊体験集の「新神話」の章をご覧ください。

    この蓬莱島とは・・・この宇宙が閉塞された場と仮定したときに、より外宇宙に出て行くための大使
    館もしくは西ベルリンのような働きをしている場所という設定です。

    天則に則った神々や人々の住むムー大陸が沈没して、 浮き締まった島嶼部分が蓬莱島、海中部
    分が竜宮となり、亜空間に常在することになった、正しい神々の根拠地という設定にしています。

    つまり、ほんとうに解脱するならここ蓬莱島しかないという 二つとない場所。
    母は新神話における最高の自由門を通って解脱したと思います。
    (が、その後に、母を引き戻すようなことをしてしまいました。しかし、少なくとも七福神のおわす蓬
    莱島には、いてくれていると思います)

  • この粋なはからいは、カンナオビの本体 様の奥津嶋姫様による

  • カンナオビは沖縄でスキューバダイビングの最中に海難事故で亡くなりまし た。
  • 亡くなる前日の写真に、ご自身のオーブを横たえて逝去の近いことを示されて いました。

    それによって、さらにたいせつなことがわかりま した。
    今はなきカンナオビ(2010年5月15日に逝 去)が、沖島(奥津島)に祭られる奥津嶋姫(弁財天)の化身だったと判明したのです。
    亡くなる前日の彼女を写した写真に、彼女の最後の生霊 オーブが撮られています。それは亀甲に花模様のご神紋を顕しておりました。通常は縦向きの六角 なのですが、亡くなることを示されてか、横になられていました。



  • 彼女が六角オーブを撮り始めたのは、高野山金剛峰寺で持仏間を写した時に、加納元信作の群鶴図の上に出ていたことが始まりで す。
    このとき彼女は、空海から弥勒誕生のお告げを受けています。それは2008年9月24日のこと。


  • 以後、陸上でも水中でも、彼女の水陸両用カメラにはたえず六角オーブ(亀甲紋オーブ)が大量に写り込みました。
    彼女は元々海が好きで、スキューバもやっていましたから、海中で彼女にまとわりつく六角オーブがいくつも撮られています。

    彼女はそれらを、自分の子供と思っていました。その父は? はは、ふしょうそれがしめということになりましょうか。
    あの日、ちょっとお互い、燃えましたもので。
    今生 で人間として子が作れなかった彼女には大きな喜びだったようです。
    新神話では、山幸彦と豊玉姫という設定でした。たくさんの玉の子(国津神)が授かりまし た。

  • そして、彼女は沖縄の海で亡くなりました。上の 写 真は、亡くなる前日のちゅらうみ水族館内での撮影です。

  • つまり最後の六角オーブ写真は、彼女自身のもので締め括られたことになりま す。
  • 高野山詣での後、彼女は思いついたように出雲地方を 旅して、 神社で六角オーブをたくさん撮っています。そのあたりの神社は、そもそも、ご神紋か らして六角です。
  • そして、最近になって、その意味がわかりました。 奥津嶋姫様は、出雲大社の大国主命の奥様なのです。(それはホツマツタエでなくては解読 できま せん) 
  • それがのちの、出雲大社の夢見へと繋がってまいり ます。(後 述 すべてが時間を超えてシンクロしているのです)
  • 水の神様ゆえ、龍王の娘、海神豊玉姫(乙姫)と しても顕れます。御本体は白龍でしょう。そして蓬莱島(竜宮)に憩う亀としても顕れま す。
    海亀の優美なボディラインは、彼女のものでもありまし た。

  • つまり母が辿る沖島上空を通るムービングロード を支えてくだ さったのは、私が愛したカンナオビの本体様である奥津嶋姫様だったということになります。

    居並ぶお見送りの人々は、きっと姫が参集させてくだ さったに違いあ りません。奥津嶋姫様は弁天三姉妹の長女様ですから、ご本体は龍王の娘でもある龍神です。呼び集っていただいたのは、龍族のみなさん、そして蓬莱山後方の 山 々におられる天狗様たちや鬼様たちであったと思います。

    ほんとうにご協力ありがとうございます。




  • 母が探しものをして、うずく まってしまった夢 (2007年10 月)

    よい夢もあれば、悪い夢もあります。とくに悪い夢は、後々まで心に傷が残ります。それが正夢であ
    れば(らしければ)なおのこと。
    この夢はあまりに痛ましく、記述することは著しく困難です。

    別記事から転載

    申し訳ないという思いが薄れると、今度は慢心が頭をもたげてくるのが私の短所だ。
    母のささやかな遺産のうち、神戸に遺っていた震災後の更地の件を明確にしなければならなかっ
    たのだが、問題の権利証から何から何まで、家中探したものの見当たらなかった。
    代わりに、どうでもいい(と私には思える)はぎれやタオル、風呂敷、買い物したビニール袋の類が
    わんさか出てくるばかりだった。
    私は、捜索の後半戦で、ついにキレて、母の節約精神のピントの外れ具合をなじりながら、捜索作
    業をする始末だった。
    たまたま町内の回覧できていた、「もったいない」をテーマにした標語の募集がテーブルにのっ
    かっていた。そこにはサンプルとして、「もういちど すてる前 に考えよう 再利用」などと書かれて
    あったが、すかさず「もったいないは 小さな家中 ごみ山にする」と書いて応募してやろうかとまで
    思った。

    こうしてドタバタ騒ぎしたのが十月一日のこと。果たせるかな、二日の未明の夢に、母は出てきた。
    といっても、私のほうを一瞥もせず、件の書類を捜しているようなのだ。
    それもどこか旧家の中のようで、こげ茶色主体の大きな家具の立ち並ぶ暗い中を、あっちでもない
    こっちでもないと、探しまわっているのだ。
    そして、どうあっても見つからず、とうとう床にへたり込んで動かなくなってしまった。

    その間、私は「もうそんなことせんでいいんだ、いいんだ」と叫んでいたのだが、聞こえないのか、
    責任を重く受け止めてのゆえか、こちらを見ることもなく床にへたりこんでいるのだった。

    私は目が覚めて、仏前に飛んで行って、平謝りを繰り返した。こんなに私の心が揺れ動いたので
    は、母が成仏できないではないかと、自らの馬鹿さ加減を猛反省した。そして謝罪の気持ちばか
    りで時を過ごした。 三日の夜九時頃に一階を消灯し、二階で自分のことをしていて、半時間後に
    ふと思いついて一階に下りたのだが、とたんにゴソゴソッと音がした。

    電灯をつけると、ゴキブリが一匹、私に驚いて逃げようとして、壁にぶつかり裏返しになって、しば
    らく立て直そうともがいて、ようやく表返って、その場に静止した。
    とてもベテランのゴキブリとは思えない狼狽ぶり。 私はゴキブリのもがく様がすでに哀れになってい
    て、もしかするとこれは母の視座を持つゴキブリ(つまり母の意識の宿る化身)かと思った。つまり、
    ゴキブリになってまで、家捜ししているのではないかと直感したのである。

    この小さな視点からでは、書類の山を見分けることはできまい。
    「母ちゃんなのか? もう探さなくていいんだよ。こちらのことは、もうこちらでやれるから、母ちゃん
    はゆっくり向こうの世界で幸せに暮らしておくれ。せっ かくご来光まで行ったのに。そこが母ちゃん
    の居るべき所なんだ」

    するとゴキブリは、触覚さえ微動だにせず、じっと私の話を聞き、思いを読み取っているかのよう
    だった。こうして十分間ほども語りかけていただろうか。
    まだ動こうとしないので、「向こうに戻って、楽しく幸せに暮らすんだよ」と、そのまま消灯して二階に
    上がったのだった。

    四日の朝、当然のことながら、ゴキブリはその場にいなかった。 その日は、不明の資料に代わるも
    のすべてを入手せねば、母にも影響しようからと、役所回りしていけば、とんとん拍子に入手できた。
    それは、母の積善の徳に よるものであり、母が応援していてくれたからだろうと思う。
    ふつうはこんなにうまくいくことのほうが珍しいほどだ。 仏前に報告した。解決したから、母ちゃん
    がこちらのことには関わる必要はない。それより、一生お世話になったのはぼくのほう。ほんとうに
    ありがとう、と。

    翌朝になって、祭壇のお供えにゴキブリの糞が落ちていた。おお、ようよう毎朝晩出す食事を食べ
    ていることを示してくれたかと思えた。
    ここで食べずに、昇華された供養の品をあちらで食べてほしかったが、私の周りにいる時間が長い
    ようだった。母がいなくなったという実感がまったくなかった。

    祭壇に向かうときには一匹の小蠅が飛び回った。あるときは母のビジョンが傍からセコンド役のよう
    にアドバイスしたりした。
    十月十二日に私は祭壇の母に向かって、いまどんなところに居るの、よかったら夢に見せてほしい
    とねだった。

    翌十三日の朝、祭壇の黄色の大輪の菊の花の真ん中が妙に崩れているのに気づいた。
    見れば、体長5cm ほどの青虫が横たわっているではないか。うわーっと、取り出して潰そうかと
    思ったが、またも思い止まった。これはいま、母があちらの世界で、菊の華の台(うてな)の上に転生
    したことを示しているに違いない。そう思うと、もったいなくてもったいなくて。

    青虫に母ちゃんなのか、母ちゃんのよすがなのかと問うてみれば、青虫はこのとき頭をもたげて、
    私と顔合わせして、小さな口の歯をパクパクさせて、あたかも話しているかのように見えた。
    そ れは潰すのは容赦してくれと言っているようでもあり、母の語りかける姿のようにも見えた。 後に
    も先にもこのとき以外に青虫との顔合わせはない。十四日には、母が最も会いたがっていた神戸
    の旧友がお参りに来てくださった。祭壇の花のうち、大輪の 菊はすでに青虫の食事で崩壊寸前
    だった。

    よもや旧友をこの格好で驚かすわけにはいかない。そこで、その菊一輪を一輪挿しにして、下駄
    箱の上に置 き、来客を玄関で迎えてもらうことにした。祭壇には、昨日あたりからいた蝿が朝から
    活発に飛び回り、旧友が祭壇に手を合わせるときには、遺骨の上に止まっ て、同じように彼に向
    かって手を合わせていた。

    母の希望はたぶん叶えられたことであろう。 晩になってみれば、なぜか冷え冷えした。母の気配
    がたぶん遠のいたのであろう。天気予報では、晩から寒くなるとは言っていたが。
    千の風になって。 朝は光になって畑に降り注ぐ。 死後の意識は、自由自在。視座を求めて、どん
    なものにでも仮託する。それを転生と言うのもよかろう。

    しかし、テンポラリーであるのが常態であり、 なんのこだわりを持つものでもないことが分かる。
    私 は、生き物を前に、もしかすると縁者かもしれぬと、その生をたいせつにしてやりたく思う。 ただ
    し、蚊だけはどうあっても、見つけ次第、叩いてしまうのは いかがなものか。 刺された後で、蚊―
    ちゃんに刺されたんだから、まあいいわと 自分をなだめてはいるのだが。変人もいいとこだな。



  •  
  • 祖母と母が共に出てきた夢 (2007年11月)

    十一月に入って見た夢でした。文化の日の未明の夢で、なぜか記念日的なときによく見てしまうよ
    うです。
    これも別記事からの転載ですが、ご覧ください。
    -------------------------------------------------
    そこでは朝になってガラス窓から日差しが入っており、カーテンも何もない部屋に寝ていて、布団
    の中から出たところだった。 ふと見れば、ベランダを隣家の男が歩いているではないか。
    プライバシーを除き見された気がして、怒鳴ってやらねばならないと見れば、ベランダはそうとう広
    くて、四軒ほどの家の共有のようになっているではないか。 (私の家は一戸建てだぞ)

    左のほうを見れば、住民が花や木の鉢植えを、屋内からベランダに運び出しているところだった。
    私も何事かと見に行き、屋内に入ってみれば、なんと私の祖母がいた(平成六年に逝去している)。
    どこかの店の中で、店員から品物の説明を受けているようだった。

    懐かしさに近づくと、目と鼻の先で祖母は私に何か話しかけてくれたのだが、それよりも祖母の顔
    が皺ひとつない透き通る肌色をしていて、つんつるてんの坊主 頭だったもので、じっと観察してし
    まい、話のほうを聞き漏らしてしまった。
    しかも、墨染め風の黒っぽい和服姿、もしくは僧衣だった。
    その直後、母が普段着姿で、人に話しかけるときによくするしぐさをしながら店員のところにやって
    きたシーンで目が覚めた。
    (色彩豊かな明るい夢だったが、目が覚めてみれば外は真っ暗だった)

    母の夢は母の死後もう何度も見ているが、祖母を夢で見たのはまったくはじめてである。
    目と鼻の先で顔を見合わせながら話をしたというのも鮮烈な印象だっ た。 あれは死後の世界なの
    か? 
    だとしたら、現実とさほど変わらない。ただ、祖母の八十歳当時の貫禄ある風貌そのままに、肌年
    齢を10歳ほどに保っておれる世界みたいに思えた。それはそうか。魂は永遠。好きな年恰好をし
    てすごせるというが、祖母なら気に入りそうな姿だ。

    しかも祖母は尼さんになっているようだった。信心深い人だったから。
    童話「たつえおばあさん」は、祖母から聞いた話をアレンジしたもので、祖母をモデルに している。
    物語の中で、おばあさんには、お寺で説法して、死者の煩悩の衣服を剥ぎ取る奪衣婆さんの役柄
    を設定したが、もしかするとそのとおりの仕事をしているのかも知れない。

    母の四十九日は終わったが、なぜかいっそう近くにいるような気がして・・・というのも、眠りに就け
    ば何パーセントかの確率で、母に会うことができるわけで あり、この世とあの世の区別や場面の違
    いはあったにせよ、隔絶された印象がまったくないからである。
    かくして、私は朝晩欠かさず、お供えの食膳作りをして、般若心経を唱えている。見えないが、す
    ぐ傍で生きているように思うからである。
    アセンション後の世界は、死者と交流ができる世界だと聞いたことがある。もしかして、私はアセン
    ションの予行演習をしているのかも知れないね。
    あるいは私が死ねば、同時にあのカーテンのない部屋で目を覚ますのかも知れない。
    もうこちらの世界で目を覚ますことはなく、むこうでの日々の暮らしを、何事もなかったように重ねて
    いくのではあるまいか。 文化の日の未明に、異文化の夢を見たという話であった。

    この夢の要点は、死んだ人は若返る、しかも幼児ほどの肌にまでなっているのではないかと思わ
    れること。
    また、生前の願望を反映した暮らしをしていると思われること。
    おそらく祖母は仏教導師として説法する願いを生前に持っていたので、尼僧のスタイルで暮らして
    いるふうでした。
    あるいは、私の作る童話すらも、 新神話として機能していて、そのシナリオに則って祖母も霊界で
    生きているふうである。
    あるいは、私が身勝手な願望を夢のビジョンに反映させただけなのでしょうか。





    母がえべっさんの日に流し台いっぱいの大きい鯛を買ってきた夢  (2008年1月)

    これもお祭りの日に見た母の夢として、びっくりするようなシンクロがあったわけでした。

    転載

    じゃじゃじゃじゃ〜ん!! 本日は宵戎でございました。
    実は、そうとも分からずにいた今朝のこと。 またまた未明の夢に故き母が出てまいりまして、 買い
    物に出かけて、何か担いで帰ってくるなり、 キッチンで流し台いっぱいの大きさの鯛を、 調理し始
    めたのであります。
    そこで目が覚めて、いったい今日は何かお祝いでも あったのかいなとカレンダーを見ても、先勝
    しか書いてません。
    やがて、ああそうや、えべっさんやないかいなと思い出し、母の演出に驚いたようなことでした。 そ
    こで仏壇に向かってお話しするわけですが、「あのお、母さんは毘沙門さんとは縁がありましたが、
    今回はえべっさんのつもりでございますか?」と。
    すると、こんなお答えが返ってきたような。
    「宝船の中は戎祭りでなあ。お前にもおすそ分けや」
    ふと、そんふうに聞こえた気がしたわけでありました。 この夢は今朝ほんとうに見たものです。
    この夢の要点は、宵戎の日に、大きな鯛を持つ姿で描かれるえべっさんが、何らかの関与をされ
    ているようであったこと。
    私はその日が何の日といったことはまったく思いも持っていなかったのです。その日は関西だけの
    お祭り行事日でありました。今日は何の日かと暦を見れば、そのような次第だったというわけです。

    また、母はもともと毘沙門天の縁者のようでしたから、恵比寿さんや大黒さん、弁天さんとは宝船で
    同席されているよしみで、大鯛を受け取って帰ったようなふうでした。
    そしてこの神様たちはみんな新神話では正神として機能されているのです。







  • 母と私でフェリーを乗り継いでどこかに旅行する夢 (2008年2 月)

    2008 年の2 月24 日未明の夢でしたが、これも死後、人は若返って生活しているのではないかと
    思われるような夢でした。
    けっこう長い前置きのある夢で、憶えているのは、母と旅行に行こうと二段階でフェリーを乗り継ぐ
    予定で、どこか分からない目的地に向かおうとしているところだったこと。
    遠距離なのでたぶん二段構えなのです。夢の場面は一段目の近距離フェリー乗り場でした。
    通勤時らしく、サラリーマンやOL 風の客がたくさん階段を駆け下りてきており、母と私は座席を確
    保すべく、一番後尾にあったえんじ色の革張りの二人用の椅子を倒して、母にまず座らせ、私が
    その隣に座ったのでした。
    と、 その途端にです。母のスカートが前開き(今の流行にそんなものはない)だったせいで、風を受
    けてぱらっと開いてしまい、そこから見えた素足が二十歳そこそ このまぶしいものだったため、「う
    わー、冗談よしてくれよ」と顔をそむけたすぐあとで目が覚めてしまったのでした。(たわけた夢では
    あります)

    このフェリーに現実に乗ったことはないのですが、かなりリアルだったことから、実在しているので
    はないかと思うのです。
    その手がかりは、まったくといっていいほどなのですが、最近になって、蓬莱山の真東にある琵琶
    湖中の蓬莱嶽のある沖島行きのフェリーではないかと思ってみるわけです。
    就航している船の写真などをネットで、これかなあなどと見ております。実際に行ってみなくてはわ
    かりませんが、ちょっと遠いし、腰が重くて・・・。とにかく、どこにも行けておりません。九州にもまだ
    行ったことがないのです。(北海道には行きましたが)


    般若心経が原因?

    その後、私のブログ報告での亡き母の夢見の頻発を思い測られたあのP さんが、何でも、伊勢白
    山道のリーマンさんの情報として、般若心経の読誦で、最後の「ぎゃーてい・・・」のマントラ部分に、
    作者の鳩摩羅什の呪詛が籠められているとのことを知らせてくださいました。

    鳩摩羅什は生い立ちからずっと人々から蔑まれ虐められていたために、このようなすごいお経
    を世に出すこととの引き換えに、死者を現世に引き留めるような呪いを篭めているというのです。
    そこで私は、般若心経の読誦を取りやめ、普通の感謝と供養の言葉だけにしたのでした。すると、
    その日から母が夢に出てくることはなくなりました。
    寂しくはありますが、母にとってそのほうがよほどいいに決まっています。
    P さんには、重ね重ねお世話になっております。ありがとうございます。






  • 彼女の夢に空海が現れ弥勒誕生を告げる (2008.9.24に詣で2008.9.25に夢見)
    詣でた際、彼女によって弥勒らしい六角オーブが撮影される。(弥勒 =身六?)

これは私が見た夢ではないですが、私が全面的に解読を行いましたので掲載 します。
ク リックで拡大
  • よく見れば、六角オーブの中には、大国主命の被るような頭巾をつけた顎鬚の濃い顔が出ているので、
  • スサノヲ神と大国主命の合体形かと思われること。
  • また、出口王仁三郎は弥勒を達磨大師のように描いたというが、まさにそのようなお顔に見えないだろうか。

  • これは私が見た夢ではないですが、私が全面的に解読を行いました。彼女とは新神話におけるカンナオビ
  • です。


  • 彼女は仏教や民間説話に造詣がさほどなかったので、彼女の見た夢、体験談、撮影された写真
  • などはすべて私が解析していたわけですが、このときには若乃花(若貴兄弟のお兄ちゃん) に似
    たお坊さんが光物を抱えて夢の中に出てきて、「まもなくお生まれになるぞ」と彼女に告げたという
    のです。しかし、彼女には予備知識がなく、本人だけで の夢解釈は困難なのでした。

    ところが、私とタイアップしていたことで、当の空海和尚は、私のバックアップを頼みとしてお告げを
    もたらされたと解釈できました。

    しかし、その私においても、彩明日迦氏の 「弥勒降臨」という著書が、拙著書「古代日本にカバラが来てい
    た」から多く引用しているとの知人の知らせによって、買ってまで調べたために、このことにつき予
    備知識したようなことだったのであり、それなしでは、私も何の知識もなかったのです。

    縁の連鎖が、このような解読を可能にしていたことを知っていただければと思います。

    また、金剛峰寺持仏間の加納元信筆の群鶴図の一枚の襖絵の鶴の上に、亀甲紋六角オーブは
    写っており、鶴亀統べるの瑞兆が示されておりました。

    彩明日迦氏の著の中にも、鶴と亀がすべることで、何が出てくるのかの謎掛けが施されており、後
    ろの正面はどうやら弥勒菩薩だったことになりそうな感 があります。ただし、籠の中の鳥とは何ぞ
    やについては、 すでに我々にとっていくつもの兆候のあった「火の鳥」であるに違いありません。
    それは氏が著書で言われていた「鳳」のことでもあります。

    また、空海和尚の持っていた光物とは、これによると、「金るの袈裟」ということになりましょう。
    まもなくお生まれになるとは、いつのことなのか。それは特定の人物なのかどうか。

    彼女はこの日、悠仁親王の高野槇のところで写真を撮っています。もしかすると悠ちゃん、というわけです
    が、このとき親王はすでに満一歳になられてます。
    いや、それでも神霊の下生は別のタイミングで、ということもありますからね。まあ、よくわかりません。

  • 新神話でも弥勒降臨を扱っており、正義の草の根運動を母体にして、新しい考え方の人々が起こす真の解放運動になるとしています。そしてそれが、新時 代の流れを形作ることになるとしています。何事も人が動かねばなりません。
    よくオバマがミロクだとか、特定の人物がミロクと言われるわけですが、新神話ではそうはしていません。
    ただし、弥勒は吉凶混交の相を持つため、世界はいったん混乱と破壊の極致にいたるかも知れません。
  • その配役としてのオバマということは言えます。凶のほうかな。
  • なぜなら、邪神とその配下が育成した傲慢で嘘ばかりの社会が崩壊しなければ、新時代の潮流は軌道に乗らないと思うからです。
  • 戦争もあると思います。それがどれほど加減されるかが存続の鍵になるこ とでしょう。




    奥山の庵にやってきた三猫を白虎と狛犬(シーサー)のつがいと見た 夢  (2009年11月)

    経緯の詳細はここをご覧ください。新神話の成り行き上、非常に大事な箇所でもあるのです。
    メディシン能力ある才色兼備猫フーを筆頭にした三匹の猫の由来にまつわる話を、夢見の
    前後の事実話とともにぜひご覧いただきたい。
    我が家の子猫紹介・そのに と 今朝未明の不思議夢
    我が家の子猫・そのさん 体育会系子猫ウー & どうも白虎らしい & 巡り終えた錆びた太陽

    夢と夢に直接関連する箇所だけ抜粋する。

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    今朝未明の不思議夢・・・別和尚は人面獣身だった

    さて、今朝未明に見た夢は、どう言っていいのか・・・。
    その夢を見る前に、たびたびのことながら、布団の中に何かいる気配と、猫がのどの辺りに来た感があり、そのときのどの辺りにあのフーの心臓の鼓動らしい振 動がした。たまにぴくぴくする痙攣とも言えなくないが、ものの気配の後だから、霊体でサインを出しながらやってきた感がある。そして眠りへと落ちた先の夢 が次のようだった。

    長い夢の最後のほうなのだろう、お寺の傍の民家に居て、和尚さんとのいろんなストーリーがあったのだと思うが忘却。
    その後、私はお寺に行き、下の空いた塀の外から覘いていたのは柿の木だろう、この木を切れば全体のバランスがいいのにと和尚に案を持ちかけようと立ち寄っ たところ、下の空いたところから、たしか夢の前話でも出てきた和尚とは別の和尚(副住職というか)らしい頭頂が禿げた頭が見えた。

    なにか土地いじりでもしているのかなの感があり、表から入って話をしようと回って、玄関から禿頭の和尚を見たところ、なななななんと・・・頭は(別)和尚 でも、身体は猫というか、白黒の毛が入り混じった動物・・・が、お椀に入ったえさをガツガツ食べているところだったのだ。

    しかも、顔を見ると、人間の年寄りの顔なるも、第三の目が額にあり、唖然として見ていると、彼の手前に二頭の、彼よりも先代らしい同様の"三つ目"をした 動物が、しかもそれぞれ茶青系と赤系のチェック柄の衣装(ドテラ)を着て、私の前に、やや赤ら顔をして微笑んだ感じで並んで座っているのである。
    その後ろで依然として別和尚は猫スタイルで、えさを食べているというシーン。
    私は思わず、手を合わせて拝んだというところで、夢から覚めた。

    いまこの文を打ち込んでいるとき、PCの前に座る私の膝の上に三匹が座って、まさにじっとして眠ろうとしているところだ。お蔭で、今朝の寒さにも、温かさ がもたらされている。
    いったいこの子猫たちは・・・。

    伏儀神農神か。 (かつてあるおうちにいた、ノラという猫がまさにその化身だった)
    またまた三匹、私の膝で眠ってしまいました。ああ、私ゃまた身動きできないよ。

    どうも白虎らしい

    しかし、ときおり不思議な夢を見てしまう。
    前夜の夢に出てきた別和尚の顔にそっくりな画像を見つけた。というより、白虎のほうから検索で出てきた画像が、高松塚古墳の西壁の白虎の絵で、とても似て いたのだ。

    頭頂禿げで、周りに毛を残す感じで古墳の絵も描かれている。こんないかつい年寄り顔が夢の中に出てきたのだ。
    体毛が白2対1ぐらいで、刷毛で描いたような感じで見え、痩せて胴長に見えたのも、古墳の絵そっくりだ。ただ、絵のように神聖な模様でも雰囲気でもなかっ た。

    しかし、ここまで表情が似ていると、そう思わざるを得ない。
    まだ新神話は機能しているのだろうか、各方位の神獣をタイムシェアー的に巡る旅をしているのは、今までと変わりはないみたいだ。
    もうまもなく、宇宙人が地球の虚構文明をいったん鎮静化する。新神話にも書いている行程だが、そうなればもう新神話が成ったも同じだから、新神話グループ も解散の成り行きかと思っていたのだが、最後に追いつくようにして白虎が現れた。それも子猫として。シャーマン能力を備えた子猫たちである。神獣の化身と 考えてもいいかも知れない。

    元の飼い主にリコール要求したものの、白虎だとなれば、どうしていいか。つまり、お客人だ。
    しかし、まるで中国の客家のように食選びがすごい。キャットフーヅなど匂いをかいでバイバイ。もうサバには飽きつつあり、牛や卵、鳥を経て豚へと食牙が移 行している。それに飽きたら・・・もう、後がない。
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    要するに、幼猫の三匹が我が家にやってきてまもなしに、三匹のいわれを夢見てしまったわけで
    す。
    当時、三匹ともメス猫と誤解していたのですが、あとでオス二匹、メス一匹だったと判明し、夢のオ
    スメスの区別と一致したようなことでした。(私の見立てより、夢のほうが正解だったという次第)
    けっか、ブーとウーが狛犬(シーサー)のつがい夫婦、フーが白虎とわかったしだいです。
    白虎はシーサー夫婦の間にできた子供だと解釈されました。


  • 幼猫の(左から) ウー(メス)、ブー(オス)、フー(オス)

  • 新神話では当時、四神獣の揃い踏みのステージを求めていましたので、募集に応じて猫としてやってきてくれたようです。(人の候補者がいましたが、遠 方すぎて求まらなかったのです)

  • フーは神界で下界の飼い猫生活を勉強してやってきたとみえ、あとの二匹にトイレなどの行儀作法一般を教えるとともに、私と猫たちとの調整役(ネゴシエー ター)を 務めてくれました。

  • しかし、後に発情期にいた り、ウーを孕ませてしまってからは、予定していなかったことだったのでしょう。(神世では僧侶だったこともあってか、禁欲に自制 が効かなかったことを後悔しているふうでした)
  • 子猫との関わりがうまくでき ず、敵対的に見てしまう ため、父親代わりをブーがしていました。

  • かくして四神獣のしだいは
    青龍、玄武 ⇒ カンナオビ (過去の玄武はイナンナ。白蛇が青蛇に合流してカンナオビが兼務になりました)
    白虎     ⇒ 猫のフー
    朱雀     ⇒ 私
    ということで、揃い踏みが果たせたこととなります。

    なお、カンナオビは、キトラの四神獣の飛鳥資料館特別展示場での公開に伴い、この初日(2010.5.15)に別天に赴きました。カンナオビ、ご苦労様で した。ほんとうにありがとうございました。
    フーはそれから五ヶ月後の十月(2010.10)に別天に赴きました。ちょうど満1歳ほどで逝去したことになります。フーちゃん、ご苦労様でした。ほんと うにありがとうご ざいました。
    さらに朱雀である私は、さらに五ヵ月後の来三月(2011.3)に赴くことが予定されております。

    夜明けの晩に、鶴と亀がすべり、いついつ(五月五月)出やるの行程が、以上で果たせることになるわけです。


  • (私はまさしく2011年3 月に第二時空を逝去し、別天における神獣の タイムスケジュールを起動して、神界から火の鳥を起動して世界の救世活動に入っています。いっぽう、わが意識のみ第三時空へと飛んで、別の役割(邪悪の態 様を調査する)の任に就いています。私は第三時空では、死の代わり に、東日本大震災と原発事故が起こって質が大幅に低下した黄泉の国末期(戦時下体制)の様相となった時空を経験しています。そこは邪神たちが神世を追われ て地上に天下りしてきた、邪悪と包み隠し(罪科) の跳梁する黄泉の世界であり、あらゆる邪悪データーの集積場になっています。私はこれを神世に持ち帰り、裁きの場に提出するとともに、新時代の免疫機構創りに 役立てることになります)



  • 奥山猫生活・・・二匹のよそ猫が 帰順してきた夢

    詳細はここをご覧ください。

    http://mysterycats.darumasangakoronda.com/Entry/39/

    その 夢を見た日の翌朝の映像も撮ってあります。襲撃を常習していた猫で、私を見て即座に逃げていたものが、その日の朝突然、こんなふう に変貌したのです。

  • このよそ猫二匹は、それまで家の中に侵入と襲撃を繰り返していたの ですが、最新の罠のあるのを見てどうなるかを察知し、つかまる前に想念でメッセージしてきたもようです。それが伝わったことを見越して、さっそく朝になっ て、帰順のアク ションに出てきたもようです。

  • 私の不思議趣味と人情家を逆手に取った霊的ネコであることはまぎれもなく、 それまでは私の追撃をたくみにかわして翻弄させていたわけでしたが、やばいとみ ると即座に帰順してくる、この変わり身のすごさに、かつて飼い猫であって半野生となった猫のしたたかさが感じられた次第でした。

    二匹のその後ですか? (2010.12.2現在)
    決していいわけはないでしょう。猫には縄張り意識がありますから、うちの猫たちがOKしない限りは、ただの脅威です。侵入時には箒を持って叩き出します。





白 虎のフーが行方不明になる一日前の未明に見た夢 (2010年10月)

フーが失踪したのは2010 年10 月5 日でした。

その前の一ヶ月ほど、毎晩私のベッドの壁側の回廊棚に 置いてあるアタッシュケースの上に寝る
のが常で、二時間おきほどに私の枕元にやってきて、えさをねだるのです。そこで私は、枕元にド
ライフードの袋を三種 類ほど用意していて、彼が頭をすりつけてこれがほしいと合図する袋の中
身を掌にとって、彼に食べさせていたのでした。まさに、あのときの夢の白虎和尚の顔 を突っ込ん
で食べていたどんぶり鉢は、私の掌だったようです。

私の昼間はウーの生んだ子猫たちへの配慮で手一杯でしたから、フーは外出がちで、暗くなって
から還ってきて、食事して寝るといったふうでした。私が彼の傍に長く居るのはこのときだけだった
かも知れません。

私にとっては、フーの時間差急襲とブーの五月雨式急襲で、夜中といえども熟睡できたことはあり
ません。しかし、フーの不思議なほどの精一杯の甘えを、子ならばこそと容認していたのでした。
そして、失踪してしまう数日前には、外出したきり、半日以上帰らずとなっていました。

ところが、失踪前の二晩は、回廊棚からなぜか私のベッドの布団の上に、もう大きくなった身体を
添い寝のようにさせていました。そんな最初の晩に見た夢が、実に不吉な夢でした。

マンガチックないでたちでしたが、私の前にフーと思しき白猫が、顔面の左半分が砕かれて溶け
たようになって現れ、そのときまだしも問題ない右側も、何者かに目の辺りをやられて、困惑している
姿として私に写りました。
どうもそれは最近様子がおかしいフーではないか。

そして二晩目には、私のベッドで最初からずっと添い寝していて、私がまだ暗い中で朝起きたとき
にも、すっかりリラックスして熟睡しているのです。その寝顔を見れば、まるで生まれたての赤子のよう
であり、天使のようでした。その光景は、今でも忘れられません。

そ して、みんなにご飯させて、フーもいくらか食べた後、家のドアなど外猫の侵入を防ぐために、
みな閉めていたために、キッチン側の外回廊に出て、いくぶんか 低くなっている舳先から、今まで
でも何度かやっているように飛び降りて、外に出て行ったのです。(私はそれを見届けています)
そして、再び還ることはありませんでした。満一歳の命でした。

私はフーにしっかりとした白虎の仕事を与えてやれていなかったのではないかと悔やみました。
ちょうどその頃は、鬼門側の山門横に狛犬用のボックスを用意していて、そこには帰順してきた他
所猫の石松が居座っていたからでしょうか、フーはときたま裏鬼門側のプランターの中ですごした
りしていたのです。

大 きく成長したとはいえ、石松とやり合って勝てるわけもなく、さりとて私が石松を追い払うわけで
もない様子に、絶望したのかも知れません。私は、ポジションを闘い取ってみなさいなどと言って
いましたから。が、小さいときから彼らよそ猫には追いまくられていたのですから、そんな容易な話
ではなかったのでしょ う。

しかし彼は、後に、一定の規則にしたがって、出て行ったことがわかりました。
それは、新神話が要求するシナリオの遂行です。
フーが失踪するすでに五ヶ月前に、青龍・玄武のカンナオビが別天に去り、順序としてフーが別天
に赴いたのだと解釈できたのです。「いついつ出やる」とは、五月五月の順に出やるという意味です。
よって、次は朱雀である私の番です。2011年3月が逝去の予定になります。

その前に、不思議体験のほとんどを書きとめておこうと思っています。(これは2010年12月の記載です)





  • 出 雲大社で寝ていた夢を見たようだ・・・それも神界の出雲大社   (2013.5.11未明)

    出雲大社の60年ぶりの式年遷宮の執り行われたのが2013年5月10日。その翌日未明に(3時頃から4時頃にかけて)不思議 な夢を見ました。

    私は妹からもらったダウンシュラフ(寝袋)にここのところ寝ていたのですが、これがとても軽くて暖かく快適なのです。午前3時 頃に 毎度のようにやってくる猫の ウーに起こされ、眠いながらもトイレ起きすることになり、また眠りについてからの夢だったのですが・・・

    快適な薄布をとると、そこは灯火がともる板張りの部屋で、10畳ほどの広さがあったでしょうか。私はそこで一人で寝ていたので す。 所々開いた間仕切りの向こうの通路に、歩いて通過していく人の姿がありました。一人だけでしたが、なんと髻(みずら)を結い、こ のようないでたち(もう少し簡素だったが)をした男の人なのです。(今まで夢で、みずらを結った人を見たことなどなかったのです)

    そして、横に連なる部屋のほうを見ると、間仕切りで仕切ってあるため広範囲は見ることができないのですが、隙間のようなところ か ら、なんとこちらは平安調の衣装を着た長髪の女性が向こうのほうを向いた状態で座り、私の起床に気がついたか、こちらに顔だけを向け、お歯黒をつけている からか、ちょっとぞっとするような微笑でこちらを見ているのです。それでもなんだか、すでに亡きカンナオビの顔に似ています。彼女の部屋のほうには、たく さんの人がいる感じです。

    私は夢の中の自分が何者なのかはわかりません。それから外に出て見やれば、そこは昼間で、なんとものすごく太くて古い角柱で 造られた神社なのだとわかりました。そ れも、けっこう大きな一枚岩とも思える岩盤の上に建てられていて、でこぼこした岩から直接、柱が出ているふうで、無骨な年輪と黒ずみが、いかにも築造の古 さを物語るようでした。

    岩山の下は境内地でフラットで広く、けっこう多くの人たちが、境内と岩山、そして神社にいました。が、そこにはみずらを結った 人は おらず、みんな(MIBのような)黒いスー ツ姿をしていました。

    私は、岩山を下りたり上がったりして、何か用事をしていたようなのですが、何をしていたものかわかりません。ただ、たくさんの 人が 集まっているなという印象だ けなのです。誰とコミュニケーションをとるわけでもありません。

    神社の夢を見たことは何度かあるのですが、社殿の中で寝ていたというのは初めてのこと。また、よく夢で見たことのある朱塗の神 社 のようでもありません。いったい何 なのかなとネットを見てみれば、どうやら昨日、出雲大社の式年遷宮が執り行われたらしいことを知ったのでした。

    とすると、私は出雲大社にいたのか? 私は現実の出雲大社にすらお参りしたことがないので、わからないのです。寝床でまとって いたのは、 衾とい うも のだろうか。ダウンシュラフさながらに快適だった。(当たり前か。こちらで感じているままに夢の中でも感じているわけなので)

    とすると、あのみずらを結った人とは、大国主命(大己貴命)かも知れません。すると平安調の女性は、もしかして奥津嶋姫だった の か。(記紀には別伝が書かれるが、ホツマツタエにはこの二神は夫婦であるとされる) 奥津嶋姫は私と最も縁のある神様で弁財天であり、目下、新神話におい て協力してくれる神様なのです。

    私は部屋で寝ていたとすると、お客だったのだろうか。ならば新神話はまさしく活きていることになります。私は国津神シンパです か ら、大国主命とも大いに縁が あるのです。

  • そうだ、みずらの弥生時代風の人は、まさしくこの人だったよ。(Wikiから採録) しかし、お顔がも少し優しかったか。

    大国主命


    2007年9月22日に、母が盛大なお見送りをしてもらったと するなら、誰が主催してくれたのだろうか。
    それはムービングロードを下から支えてくださった沖島の奥津嶋姫弁財天であるに違いない。
    当時はカンナオビも健在で、私とは相思相愛だったことから、彼女の本体であられる奥津嶋姫様が、気を利かせてくれたのだ。
    弁財天様は龍族を束ねておられる。ちょっと号令をかけられれば、数千体くらいの龍の皆さんは参集されるのだろう。

    2010年5月にカンナオビは逝去し、本体の奥津嶋姫様は、ご主人である大国主命のおられる出雲大社におそらく還られたのだ。
    カンナオビの顔にどこか似ていたのも無理はない。私にそうとわかるように、在りし日の面影を残し置いてくださったのだろう。
    しかし、平安時代の衣装とお歯黒で臨まれるとは、ちょっと驚いた次第。

    奥津嶋姫様のおられた緞帳の向うには、何人もの国津神の方々がおられたようだった。
    私だけ、緞帳によるものとはいえ、一室が与えられて寝所にしていたというのは、大事な賓客待遇と言えなくもない。
    では、私はいったい誰なんだろう。何らかの神?  いや、雛形ということでじゅうぶん満足しているのだが。

  • え えー、では言っとこう。それは大国主どんのもとに出向しとる ア メノホヒ じゃ、なかろうか。

2009年にはブログ読者の中にマメさんという方がいて、その方の中に複在する、前世 が宇宙人の男の子 の魂が現実になじめず閉じこもっていたので、元気付けようと誘い出し、私・朱雀の霊的な息子として、マメ鳥とかマメビコナという名にして、共に夢見して飛行訓練をしていたのですが、マ メビコナは、自らのした2009年の3月度の「いつかきっと流」異界交信の中 に、鳥との縁について回答のあったことを思い出して掲示板に報告してきました。
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【鳥】のシンクロもあ りました
3月の分Q:私の運命 の道の友は?漢字一文字で。
       ⇒a  鳥
>613ーQ: 私は地球人出身ですか 宇宙銀河星出身で すか
       ⇒a  ひな出荷
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すごいシンクロになりました。
アメノホヒの神話上の息子は、幼名が天の雛鳥(アメノヒナド リ)で、後の建比良鳥(タケヒラトリ)になるとされます。
この方面からもいっそうアメノホヒの線は濃厚になったしだいなのです。

さらにである。
共に夢見して飛行訓練をした夢見の丘が実際に存在したのです。

異界交信の相手チームとマメさんの好きなアインシュタイン博士が共に観覧していた異界チームの居た丘が、夢の光景と寸分違わず形で、なんとナスカに姿を顕 した のだ。(夢の中の丘は芝生の丘だったが)
しかも、2014年になって初めて発見された地上絵だという。この丘で私はまさに朱雀になり助走をつけて飛んだのです。我が息子マメ鳥とともに。オトーの 私は身体がでかくて、助走をつけてほらこの通り。マメ鳥のほうが軽く浮いています。



異界交信チームは、我々の飛行シーンを交信メッセージにおいて「芸術的」と評してくれていたから、
我々親子のために、タンデム飛行している光景を描き遺しておいてくれたに違いありません。
ありがとう、異界チームとアインシュタイン博士。いつまでもご健勝であってください。
いつの日か会いましょう。




す でに亡きカンナオビが別のタイムラインで生きている夢 (2013年10月3日)
こちらは伊勢神宮の式年遷宮の翌朝未明の夢だった!!

当時のブログ記事から転載します。

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つい先ほどのこと。午前4 時台の夢で、すでになきカンナオビ(2010.5.15 没)が別のタイムラインを
生きている夢を見ました。
いくらかシーンがあったのですが、最後のシーンしか覚えてなくて。
テレビ番組なんでしょう。身内さんが黒っぽいワンピースで壇上の貴賓席に現われたとき、司会者
の紹介があり、
「歌手であり、女優である○○○さんでーす」と言うと壇上に彼女が上がってきました。
すると下の観客席から花束の贈呈があり、彼女がそれをもらい受けると同時に、檀上に向かって両
サイドから放水されるという(きっとバラエティー番組だろう)びっくりさせられるようなシーンがそこに
ありました。
水になじんだ人だったから、こんなパフォーマンスも。でも、気をつけてほしいな。

そのときの彼女は、右目が良くないのか小さな眼帯を右にだけしていて(きっと番組で水をかけら
れることがわかっていたのか)、水を浴びながら花束を抱え、笑顔でお辞儀をしていました。

彼女は女優になりたかったのです。私と知り合うタイムラインでは、それはほんのささやかな実現に
しかすぎなかったけど(劇団学校に入って主役を演じたことはあった)、きっと彼女も、人生をプレイ
バックして、未実現時空を体験しているに違いないと思いました。

私もプレイバック型の人生経験をしているのですが、そういう人はけっこうたくさんいるのかも知れ
ません。
結局、スケジュールを統括しているお方がハイラーキーだから、みんな上手に図っているのだろう
としか言いようがありません。彼女のハイラーキーは、奥津嶋姫様であり、弁天さんなのですから。

人生している最中に、性格がおとなしいものから豪胆なものに変化していくことってありますね。私
は子供のときは清潔観念症で神経質で引っ込み思案でおとなし かったのですが、今はその正反
対の性格になりました。その原因は、すでに別のタイムライン(森野のものだけですが)をいっぱい
経験してきて、その記憶は まったくないですが、精髄は魂に叡智として蓄積しているからだろうと
思います。

別のタイムラインでは社長もやっただろうし、人生とはこういうものと悟った今は、もう何も実利的な
ことはやろうとは思いません。ただ、私に定められた時空をこなすだけと思っています。

ふ と、おかしく思えるのは、彼女をイメージで女優にいざなったことがあって、彼女はそれを本番さ
ながらに演じたことです。新神話のイメージ世界に遊んでも らったことばかりだったけど。それらが、
次の本命のタイムラインで生かされているとすれば(芸に深みが出ていると思えば)、よかったなあと
思うのです。

イメージングの大事さ。私もイメージ訓練だけで、一ヶ月半のうちに大型、牽引、大型二種の3 つ
をそれぞれ実技2 回ずつで取得していますからね。昭和58 年のことです。イメージングが決め手
なんです。無料のイメージトレーニングで、実技コースを何十回も回ったのです。
きっと、その実質版が別のタイムラインでの実演といった感じでしょうか。

みんなプレイバック式で、人生を自己実現していればいいと思います。だって、人生は線香花火
のようなものだから。(次の線香花火の光跡が本人の実現可能タイムラインのすべてだと仮定して
みてください。一本がたった10cm ほどでも、総延長なら数十m にもなるはずです。)






  • 白猫シャンが、この世で果たせぬ夢(子供を産み育てる)を、異界 で果たし ている夢を見た

    2013年12月8日の未明。夢の中ではいきなり子猫の一匹が、私の目の前に押し出されてきて、私はもうこれ以上、育てられんぞと、向うに押しやったの でしたが、またその向うに二匹の子猫がいて、それらすべてが、白色に橙色の斑紋をしていて、そこで目が覚めました。

    ところが、起床後、シャンが私のところにやってきて、私が行動する狭い通路をふさいでいるのです。ここにいたらあかんと諭しても、シャンは動こうとせず、 ま た押し黙って明らかに不満げでした。はて、何かあったのかと訝ったその時、あっ、さっきの夢は、シャンが夢の世界で産み落とした子猫たちだと直感したので す。

    というのも、シャンは毎日、トンやチンとは別行動で、部屋の中で眠ってばかりいたのです。少しは運動したらどうかと思うほど。もしかしたら、眠ることで シャ ンは夢見世界に行き、授乳子育てをしていたのだろうと、感じられたのでした。
    で、どうして子猫に橙色の斑点がついていたのか。これはたぶん、私が朱雀であるゆえに、シャンにしてみれば、父親を私に仮託して子を設けたのではなかろう か。かつて私の女房役を務めてくれた母猫ウーがすでに失踪して久しく、そのあとを継いで、もしかしたらシャンが・・・。

    それからは、シャンにしっかりと栄養をやろうとしたことは言うまでもありません。
    シャンが夢の中で子供たちとともに生きている世界とは。きっと黄金郷なのではなかろうか。






    カンナオビと始めた14年が満了する直前に、死と死後体験をする

    • 最愛の猫ウーを2013年10月に不注意から遠隔地で失踪させてしまい、以後行方不明になりました。私が現実生活において怯 弱だったことが原因しました。ウーはカンナオビの依代を務めて、カンナオビさながらの行動をしてくれていたのに。私は、自分の愚かさを長く自責しました。 そして、まだウーが死んだかどうかはわからないにしても、私も自らの存続を諦めたのです。むろん心の中でです。すると逆にあらゆる地的執着が消え、私はむ しろ心の解放感を感じるようになっていました。

  • 2013年12月11日の午前2時のこと。空を飛んでいる夢に続 いて、自分の体に意識が戻ると、呼気がすべて抜けていき死を実感、頭頂から魂が抜けて、そ の次に前の空飛ぶ夢の続きを見ているという具合の夢でした。
    空を飛ぶと言っても、自らの身体は見えないし、背後に幾人かの女性の声がしていたが、ひとり は母のようでしたが、身体が見えているわけではないのです。透明の意識だけの存在になって、ハングライダーの如く滑空していたのです。千の風になるとは、 このことかと思いましたね。

    おりしも、新神話も節目という感があり、14年という数で満了するのではないかという懸念があったから、その結末は死という形も想定していたのでした。そ し て最愛の家族を自分の過失で亡くしたことの失意と、世の中は黄泉の度合いを強めていましたから、イザナギに自らをなぞらえて、黄泉国脱出のシミュレーショ ンをしていたのでしょう。その結果として、そのような 夢になったと思えました。
    この方法は、おそらくこの世を去るには最も有効な方法に違いないと、わかった次第です。

    そして、至ったその世界とは、何の苦もない黄金郷であるようでした。こんなにいきなり空を軽やかに飛んだ夢は、後にも先にも初めてです。魂の軽さ を味わうことができました。そうなるには、イザナギの心がきっと必要になるのです。先に逝ったフーも、やがて逝くウーも、私も逝きます。シャンもそこで子 育てしているのでしょう。ときおり、シャンに子供たち は元気かと問 うようにしています。

    新神話上の解釈として、2011年3月に第二時空でのタイムラインがオーバーし、第三時空においてリスタートしたと解釈。その第三時空は、2013年12 月にオーバーし、今生きているところの第四時空においてリスタートしたと解釈することとなりました。(ほんとうは、もっと何度も死んでいるのですが、集約 的にこうしています)

    それに伴い、新神話も第十三章までを年末で絞めて、2014年からは第十四章へと書き送ることとなりました。

    さて、第四時空は急きょ、上昇課程に入るものとしたいですが、どうなるかわかりません。さて、どんな不思議が待っていることでしょう。




    2014年から第四時空の展開になる


    夢に神世で国祖神封印図式の詮議の様子を伺う  (2014.5.3未明)

    2014年4月になって、ある宮司氏のサイト記事から、発見図形の未完成、見落しがあることを知り、かつて(2001年)イナンナ から聞き知っていた、大事な二地点である国祖神封印場所を思 い 出して、図形にレイラインを引いて加味したところ、驚異的な発見がありました。

    聞き知っていた話とは、大本教神話にいわく、倫理優れた神界ともあろうところですら、政権奪取のクーデターがあったことです。
    そのときに、国常立神と妻・豊雲野神がそれぞれ、北海道・芦別岳、 薩南・喜界島の地下深くに封印され、炒り豆に花が咲くまで出られないという呪詛が施されているという伝説です。

    今回、その北東--南西の直線(最短距離の線)を引いたところ、畿内の逆五芒星図形と、元伊勢の地点で接するという事実が判明しました。
    これにより推断されることは、黒魔術シンボルであるとされる逆五芒星の施してある理由が、正しい神々を呪詛封印するためであったこと。さらには、クーデ ターが元伊 勢位置の神界に投射する場所で行われたらしいことまで示されていることがわかったのです。

    ク リックで拡大

    この構図を見る限り、よほど念には念を入れて、呪封してあることが歴然です。
    このオカルトはオカルトと一笑に伏すことができないこと。
    少なくとも、はるか古代における、庶民レベルではない呪術力と技巧の勝れた者の仕組んだ遺構であり、その彼らがここまで徹底していたという事実が目の前に あります。
    あまりにもオカルト的、かつその異界的異様さ。

  • 封印を解くためのツールが揃うまで、すぐには取り掛かれなかったのですが、5月1日には手元に揃い、夕刻に一回目の封印解除を行いました。
    かつて豊玉姫の雛形を演じたカンナオビからプレゼントされた「乙姫の玉」。それが神棚でいっそうのバリューとパワーを増し、パソコン画面に映し出された封 印幾何学図形に対して解除命令を放ちました。
    そして、図形を木っ端微塵に破砕し、玉によって消しゴムよろしく消し去ってしまうとイメージします。

    一日、朝夕二回それを行なうことにしました。

    すると早くも、5月3日の未明の夢に、神界の事情説明の場が現れ、このたびの図形について、すでに神界では詮議され、いかなる事態のものであったかが理解 されていて、 政変の首謀者たちは神界におられなくなり下野している旨、 いかなる神によってか(司法窓口の神だろう)示されたため、私はそれを頷きながら眺めておりました。とても長い夢のようでしたが、ほとんど記憶していない のです。ただ、要点だけは掴めています。
    どうやら、あとは地上界で理解され、経緯が説明されれば、地上の浄化も完了すると 告 げられているのです。

  • そして目が覚めたのでした。私は感極まって宮司氏 に メールました。


  • すると、3日の午前中(10時過ぎ)から、飛騨地方で地震が群発し始めました。
    飛騨とは、ヒタカミ高天原の略号です。日高や日田もそうです。
    神話の位相的地理は、ヒタカミとは三陸ですが、いずれも高天原神界に鳴動事があったことを意味するもののようです。

    さらに5月5日午前5時には、関東にM6.2、最大震度5の深深度地震が発生しました。
    5という数に彩られたシンクロ地震でした。しかも、どうやら邪悪の系統の残るらしき千代田区が震源という特異なもの。そこにはメーソンやイルミナティの日 本支 部 があるようです。邪神たちが下野した先が主としてここなんでしょうね。
  • 神界から拳骨が飛んだのでしょうか。

  • しかし、邪神の下野とは、聖書にいう天使ミカエルによるサタン掃 討のフェーズに相当しているような。
そして、その時期は311のときではないかというのが推理です。誰しもが 時空の変節(低質化)を実感したようですし。私もそこから第三時空を設定しています。

今までもそうですが、神界が鳴動するときには、大地震になって顕れるようです。しかし、封印解除などの場合は、利他的な良いことなので、死に繋がるような 災害にはなりません。
かつて(2000年10月6日)あった、 M7.4の 鳥取西部地震もそうでした
ただ、現象が顕著に出るので、封印解除などが有効だったかどうかを知る手がかりになりえます。

ただし、邪神たちをあわてさせたり、浮足立たせたりすると、彼らは人の死など意に介さず、逆にこんなことになるぞと見せつけるため、大災害にするの です。
阪神大震災や、東日本大震災は、そのような例だったようです。

2014.5.3の飛騨高山での群発地震と2014.5.5の東京千代田での中規模地震の諸元












夢で国常立尊に会う  (2014.5.8 未明)

以前にも、国祖神ご夫妻を火の鳥によって救出に行く行程を、二人の協力者それぞれにおいて執り行っているのですが、今回のものは、新発見図形のこともあ り、どうしてもご本人のご様子を知りたくて、私の本体が連れて行ってくれたようです。5月8日未明のことです。

すると、人間の歳でなら、百二十歳よりももっと、頬はこけ目は落ちくぼみ歯は抜け毛はまばら、背は丸く身体は小さく、まさにご高齢であり、それでも何か話 してくださっていたような。
こういったときは、姿だけ注視するのがやっとで、話が耳に入らないのです。

ただ、とてもウシトラノコンシンという強力な神として再来というイメージではなかったように思います。
むろん、いまお救いしたばかりなら、まだわかりません。しかし、回復していただく時間が要るような気がしました。

もしかしたら、こうい う理由だったかも知れません。

新神話のほうで、国常立神様の暗殺時に、遺体がバラバラにされた時、敵の大将によって、陽具(お○ん○ん)だけが持ち去られていると記載してしまったので す。
だから、去勢状態なのかも知れません。なんてことしちまったんだ。
エジプトのオシリスのときも、陽具が見つからず、冥界の王としてとどまらざるを得なかったとされているように、これは私の余計な記載で、国祖神様に迷惑を おかけしたかも知れないと思い至りまして、
新神話に、陽具がやがて国常立神様のもとに戻るという、とってつけたような挿入話を追加させていただきました。ゆっくり回復するレベルのものなので、時間 かかるかな。
ほんとうに迂闊でした。
  • またもういちど、お会いして、様子を見てきたく思いますが、今度 はまっとうな夢が見れなくなってしまいました。なんでかって? ちょっとした下界的出来事に影響されるようなのです。(後述)






  • 夢で弁天三姉妹神、出立さる  (2014.5.10未明)     メー ル報告文

    私は長くタクシー運転手をしていたため、よくお客さんを自車にお乗せする夢を見るのですが、このたびも、スチュワーデス姿の三人の美女を後部座席にお乗せ したのです。
    そしてその日は、チャーターのようなことで、それぞれの買い物や、旅の用意にお付き合いし、最後は空港にお送りしたようなことでした。

    さて、目が覚めてから思うに、何で三人なのか、何で古風な美人顔なのか、何でフライトなのか、こうしたことを勘案すると、どうも封印を解かれた、琵琶湖に 鎮座 する弁天三姉妹神だったのではなかろうかと思うのです。
    私には縁ある神様なので、重点的に解除しましたし。
    少なくとも二神の化身とは、縁を結んだこともあったので、当然、念が入ります。

    そもそも、この封印を解いてほしいがために、私が選ばれた感さえあります。封印解きには、謎解きが半分入りますから、異界の探偵の領分なのです。そして、 ミイラ取りがミイラになってもいいような奴。それが私。

    というのも、私が四十代の頃、自分の人生を振り返って、何一つ楽しいことがなかった、人並みのこともできなかった、何だかいつも追いまくられていただけ だった、神様、私をこの世に置いた神様、私はこんなことはもう御免だ、昔の人は言いました、人生五十年、そこまでで、私の命は終わらせてください、そし て、次の転生も金輪際要りません、魂を消してください、としっかりとお願いしていたのです。
    • つまり、命知らずのギャリソン・ゴリラなわけですね。

  • また、そんなはずだったのに、四十六、七のときに、あるイミテー ション寺院に行ったとき、そこに置かれた七福神の銅像の、まず母にゆかりの毘沙門天さんに 線香を一本、そして、ふと素敵に思った弁天様に一本手向けながら、「あなたのような方と結婚したいです」と球根してしまったのです。

  • それから、いつしかそのような決意の数々を忘れて、時は過ぎていたのですが、あるとき、私のところにメールがやってきたのです。それも女性から。 主婦とのこと。
    当時私は、今でもそうですが、物語創作サイトを公開していて、それを見て、私もやってますと、やってこられたんですね。

    それからですよ。会うことなしに、メールや電話のやり取りだけで数か月。出会ってもいない。
    そんなとき、次なる女性が、身の上相談のためにメールしてこられた。
    その女性は、私の不思議経験の扉を開けたような方だったのです。

    そこから一気に、お伽噺の世界になりました。
    しかし、その方が二年後に去り、それからまた一年後ほど経って、最初の女性に戻ったのです。

    それからは、出会って会話もしましたし、色々な事もしました。
    そんなとき、私はほんとうは五十までの命でいいと神様に頼んでいたんだ、と話すことがあって、彼女がその日を調べると、ななな、なんと、私の満五十の誕生 日 の直前日に、初めてメールされていたことがわかったのです。
    その事実をだいぶ後になって彼女から聞く始末。
  • そのときのメール文       


  • そのとき、神の計らいとは、かくも妙なるものかと痛感したしだいでした。
    ぎりぎりセーフじゃないですか。
    ここまで演出するのかい。できるのかい。
    おいおい。ちょっと、まってくれよ。

    結局、先に出会った女性とはちょうど二年。
    最初に現れて、私より先に逝った女性とは七年。
    その比率は、琵琶湖における沖島と竹生島の幾何学的比 率だったというしだいで、
    お二方は、奥津嶋姫様と市寸嶋姫様のそれぞれ化身だったというしだいなのです。
    つまり、弁天様の顕われだったのです。
    たぎつ姫(瀧子姫)様は多景島で、幾何学の線にはかかっていないものの、図形下にあり、やはり封印されていたのでした。

    こうして、封印解除とともに、遠い世界に出て行かれたものと思います。
    このお三方は、何の謀も罪もありませんから、遠く遠く離れていてください。
    もう、ここに戻ってきてはなりません。ぜんぶ、私がこの魂の命を賭けて、全責任を取りますので。
    すぐに結界が回復するように謀ってありますから、立ち入ってはなりません。
    ただひたすら、愛しています。





  • 5月13日未明から明け方にかけての夢・・・芦屋道満か (2014.5.13 未 明)

    私はどこにあるかは知らない社寺らしきところで、白装束うす黄袴の宮司らしき年配の人に出会い、さらに奥にある旧い道教寺院のような、謎掛けに満ちた 造りの、横長長方形を主体にした彫刻の壁のところに連れていかれ、宮司さんが手渡す二つの木製らしき鍵を、四つか五つある鍵穴差しのようになった長方形の 中 に差し込むように指示されました。

    この宮司さんもそれをしたかったようですが、場所によっては高いところにあって、私なら手が届いたのです。
    ひとつ目は、下のほうにあって簡単に差し込めました。
    二つ目を高いところにある穴に差し込もうとすると、しっかりとせず、それはダミーの穴とわかります。
    それで、その左のほうにあった穴に差し込むと、しっかりとした手応えがありました。

    その後、どんな展開だったか忘れましたが、目が覚める直前の夢がまた不思議で象徴的でした。
    私は大きな板の間の部屋の四、五箇所に榊が供えられているのを見ました。それからすると、社殿の中だったかも知れません。
    しかし、中央の向かいの壁にありがちな墨筆書画などはなく、ただ暗がりがあるだけでした。
    ただ、榊は一本が何億円もするものであることが、なぜかわかっていました。
    それを私は一箇所に集めて、円筒状の容器にまとめて入れ、持参していたもっと大きめの安物の榊を左右二カ所に配置しました。円筒容器の榊は、どうなったか は 知れません。


  • 先に見た夢の宮司のことを、目が覚めてから思うに、むくれ上がった頭の様子から、どうも芦屋道満ではなかろうかという思いが湧き上がってきました。
    彼は私に何か見せたかったのではないか。
    しかし、それは夢の記憶の中に埋没してしまいました。

    しかし、彼が芦屋道満なら、かつて新神話で解釈していたように、本当の神世の歴史(真伝)を隠し持っていて、その場所に案内してくれたのではないかという 気がする のです。

  • その後、アメノホヒの下界降臨場所が六甲山だったと わかること になりました。芦屋神社の磐座にもなっているそうです。
    • 六甲カントリーハウス内にあるらしいのです。(行ってみたい) 磐座も重厚で、見事な配列をしているそうです。
      http://mysteryspot.main.jp/mysteryspot/rotukou2/rotukou2.htm   この中ほどに堂々鎮 座。

      なんということでしょう。謎解きのターゲットがみんな六甲山に収束しているのです。
      身内さんの体験夢によると、ホヒはそこにたくさんの重要書類を神界から持って降りているはずなのです。
      そして最初に協力を取り付けたのが、先修験者の天狗さんだったということかと思います。

      だから、2004年頃に六甲山で撮影したUFOに、天狗系UFOがたくさん撮れたのでしょう。
      大天狗さんの神霊まで撮れてるようですから。そしてみんな封印解除をして差し上げられたように思います。
      まとめはここに。⇒ 天狗様 たちの封印解除

      なぜそうわかるか?  それはね。ひみつ。ではなく、当時全国の道路のガードレールに、三角の金属片が刺さってましたでしょ。天狗さんたちが封印呪詛され たときの金型を脱ぎ捨てて、置いて行かれたのです。
      ほんとうに、ご苦労様でした。ホヒに成り替わり、お礼申し上げます。
      なんというご縁だったのでしょう。ありがとう、天狗さんたち。
    • ホツマなどは、真伝をもとに、フィクション化したもののようで す。編纂当時における新神話とも言うべきものです。
  • それでも、神話の体裁をしていますから、神話の作用機序に従って 有効に機能しているのです。
    たぶん秘教勢力が介入しているのでしょう。彼らなら、魔術の仕組みをよく知る立場上、やりそうなことです。

    しかし、そうはまいりませんぞ。
    必ず真相を突き止める者が登場するのが、世の倣いであり、それであって初めて、正しい神もおられると確信されることになるのです。







    5月20日未明から明け方にかけての夢・・・祖母が夢に  (2014.5.20未明)

    この夢の内容は、起床してすぐに宮司氏あてのメールにしたため送りま した。
    それを。

    ○○ 様
     
    先回のメールは、かなり傲慢な内容だったかと反省しております。申し訳ありません。
     
    顕著な夢を見てしまうのは、いつもたいがいこの時間帯になるのですが、今朝未明に、亡き祖母の夢を見ました。
    祖母が鄙びた民家の前で、家に入ろうとしている姿でこちらを眺め、にこっと笑っていたのです。
     
    祖母は、平成六年四月に亡くなっています。ちょうど20年前になります。
    祖母が夢に出てきたのは、これで二度目です。
     
    最初のときは、母が亡くなってすぐのことで、祖母と母の二人が出てきました。
    母の亡くなったのは九月です。(いい話でないので申し訳ないです)
     
    そのときの祖母は、墨染め の尼僧服を着て、私に対面しながら、何か話をしてくれたのですが、声がいっこうに聞こえず、ただ私は、祖 母の剃髪した顔と頭をしげしげと見つめておりました。
     
    というのも、祖母の顔と頭には皺ひとつどころか、まるで赤子の肌のように透き通っていて、血の通いすら感じられたほどだっ たので す。
     
    そのときは、夢の中ですら、驚いて見ていたようなことでした。祖母の話はさっぱりわかりませんでしたけど。
    そのあとすぐに、母が普段着姿で現れて、現場はどこか園芸店的な店の中だったのですが、母は店員さんに口に手を置くいつも のしぐさ で、何か尋ねていました。
     
    なんで祖母が、寂聴さんのようないでたちだったのかと思いますに、祖母亡きすぐあとに、こんな童話を書いておりまして、こ の話は祖 母から教わっていた話を少しアレンジしたものです。
     
    主人公は祖母をモチーフにし、出来が悪く気がかりな孫というのが私です。
    その中で、おばあさんは孫が前を通るまで、霊界の入口にある里で、里暮らしをするという設定です。
     
    しかし、おばあさんは、仏教に精通していますから、山寺で通行人を集めて講話する仕事をするのです。
    当時は、講話の時の姿で夢の中にやってきたのではないかと、思ったりしたものです。
     
    今回の祖母は、いつもの皺の顔の白髪で普段着姿でしたが、背はしっかりと伸びていました。
    晩年は背が丸まってたんですが。
     
    向うの世界では、年齢など関係ないようです。というのも、母も亡きあと、何度か夢に出てきたのですが、若い姿で出てきた時には、ま ぶしいほどの輝きでしたから。
     
    なお、童話「たつえおばあさん」は、富山の大学病院の末期医療現場で使ってもらっているようです。
    読者の方(お医者さん)から、そのようなお知らせをいただいています。
    私も、祖母のお手伝いをさせてもらっているのかも知れません。腕白者のひとりとして。
     
    ありがとうございます。
     
きっと、もうそろそろなんでしょう。いつまでも里でお待たせしてはいけま せん。
シンデレラタイムもリミット近くなったのでしょう。
私の場合は、玉手箱を開けるときがやってきたということでしょう。

しかし、シンデレラのときも、浦嶋のときも、魔法の時間が終わった後にこそ、本当の幸せ時間がやってきたのでした。
私は少なくとも、蓬莱島に還り、鶴になって亀とともに暮らします。
御伽草子を作っていてくれて、ありがとう、昔の人よ。
  • いや、まだ神界でやらなあかんことが、たくさんありますわ。新神話にスケジュールが組んでありますから、実現するに決まっ てま す。幸せタイムは、しばしおあずけ。




5 月の終わり頃、出雲国造家への皇室側からのお輿入れ話が出ました (2014.5.27)

そ のあまりの成り行きに、私も非常に悶々として、いったいどういうことを意味するのかと、考えあぐねてしまいました。きっと、私が雛形を務めるアメノホヒも そうとう 悩んでいるようなのです。

以後、封印解除関係の夢を見なくなってしまい、この肝心の時になんということと、憤懣やるかたなし。
邪神の妨害なら、ここまで堂に入ったことをするかと思うしかないです。

しかし、よく見れば、日本国存亡の危機。こんなときにお鉢を振ってくるのは、ちょっとねえ。
だが、そこまで皇室はたいへんな立場に立たされてしまったとも解されます。
三輪神社参拝とともに、大国主命への心づくしをしてくれたこともあり、何とか協力したいとの思いが強くなっています。





  • 6月25日深夜未明の夢に、久々に母が出てきて、なにやら彫像 を運んできた・・・髑髏ダビデ像
    それも宮司氏へのメール文から引用する。

    ○○様

    いつも、あまりいい話をお持ちできないので申し訳ないのですが、
     
    今朝の未明深夜に、まったく久々に夢を見まして、その話です。
     
    猫がさみだれ式に餌をねだりにやってくるその合間に少しうたた寝したのですが、

    2014.6.25 午前2時45分から3時20分までに見た夢に(たった30分ほど)
     
    母が出てきて、いいものを持ってきたから見せると、
     
    広くふすまを両側に開けたので、私が何事かと見に行くと、
     
    玄関からはいったところの、暗い空間に、
     
    ダビデだとの声(あるいは思い)と共に、
     
    骸骨の頭部をして、腕も細いか、もしくは何か貧弱なものを左手に掲げ持っている
     
    頭部も顎がはめこみ部品のように外れかけたような、
     
    大理石でできた感じの、角ばった像(等身大ほどの)が、母の手で運ばれてきました。
     
    そこで目が覚めました。
     
    そのような間取りの家には私は住んだことはないのですが、よくありそうな家の造り。
     
    その像は、ダビデ像(ミケランジェロの)をパロディ化したような骸骨像で、
     
    胴体から下は置台のようになっていました。(足はついていないということ)
     
    どこかにありそうな、超現実派的な置物作品でしたから、画像検索してみましたが、
     
    出てきませんでした。
     
    イスラエルのことは最近まったく想像もしていなかったのですが、ダビデはイスラエルの二代目の王で、エルサレムに都を置い た最初の 王らしいです。
     
    最近、イスラエルの動きがまったく報じられませんが、何か同国にとって死活にかかわるようなことが起きるのかもしれないと 思った次 第です。
     
    しかし、またどうして母が? 久しぶりでした。
     
    しかし、あんな骸骨像は要りません。キモいだけですからね。
     
    暗がりの中に白い骸骨とは、たとえダビデでも、オーノーです。
     
    5月以来、久々に記憶するほどの夢を見ましたので、お知らせした次第です。





  • 7月になって、イスラエルがパレスチナのガザを攻撃し始めた。

    >何か同国にとって死活にかかわるようなことが起きるのかもしれないと思った次第

    これはこの侵攻が最終戦争の引き金になることを暗示するものであったかも知れない。見届けねばならないことである。

    エルサレムに第三神殿の建設がかなったことをステイタスとして、最終ハルマゲドン戦争は起こされると噂されている。ガザ侵攻は秘密裏の神殿建設をカモフ ラージュするためのものかも知れないのである。
    イスラムはそのことを知っていて、必ず妨害するだろうとされているらしい。






  • いよいよキモイ夢を見てしまうようになりました・・・鬼門が開く    2014.8.10 午前6時過ぎの夢

  • 台風11号がちょうど来ていたわけでしたが、外はさほど吹いても おらず、降ってもおらず、騒がしさがなかったため、この夢に影響したわけではないと思います。

  • 気持ち悪くて嫌な夢を見ました。書かなくてはいかんので、で は・・・。

  • ボットントイレのタンクが満杯で、ぐつぐつ泡が出ていて、その蓋 が開いてるためモロ見えの気持ち悪さだったのです。
  • 中に二匹の黒っぽい鼠とも鼬ともつかぬ生き物がいて、開いた蓋の こっちを窺っていて、油断したらこっちに入ってきそうでした。
  • 私は、必死でこっちに来るなーと叫んだら、立ち止まって躊躇して いるみたいでした。

  • トイレの蓋が化粧板ベニヤ板の薄さでした。それが外れて、中がほ ぼ横から見えているのです。
蓋をし直せばいいのですが、汚くてとても触れる気にはなれないなあという 感じ。
  • うちは水洗ではない昔のトイレではあるのですが、実際には鉄の蓋 がしてあ ります。しかも横から見るすべのものではありません。

  • 夢解釈はこうなります。
  • この式のトイレは、雪隠というタイプのもの。それを古語で言う と、黄泉になります。
  • すなわち、黄色い汚物溜まりというわけです。

  • 神話に言う「黄泉の国」とは、汚物やカルマの最 終処 分地となる人類文明の末期を意味します。⇒
  • 古事記は預言書になっていますから、ちょうど、近代〜 現在がそれに当たります。
  • 黄泉の国という言葉で、雪隠・どん詰まりの状態の世界を表すので 、雪隠時代とでも言うべきでしょう。
  • またあるいは、腐乱死体の置き場とか、死霊悪霊の巣窟という意味 も派生してきますでしょう。
  • 翻っては、地獄の意味にもなるかと思います。

  • それが元々、薄っぺらいベニヤで仕切られて、隠されていただけ。 気が付かなかっただけでしょう。
  • ベニヤ如きでは、簡単に破れるし、はずれもします。
  • 地獄の蓋が開いた・・・とは思えないでしょうか。
この夢については、Twitterでつぶやいているので揚げておきましょ う。



その夢を見た当日の我が家でのことです。キッチンの辺りに何か影のような ものが走るのです。やがてうちの猫のトンがやってきて、何もないはずの場所をずっと注視していました。どうやら、猫には霊体が見えるようで、「そうか、お 前、分かるんだな」と褒めてやりました。猫はそうやって、家に侵入してくる霊的なものから我が家を守ってくれているのです。
午前中に何度か影が走りましたが、午後からはいなくなったようでした。ト イレに戻ったのか、それとも巷に出て行ったのか。影のような気配がすることの意味は、こちらに書いています。 ⇒ 幽体を自分の目で見る


2014.9.7追記  8月10日になぜこんな夢を見たかについて・・・後でわかったこと

http://agnes2001.blog.fc2.com/blog-entry-2425.html

「鬼月」
台湾の民間信仰では旧暦7月は「鬼月」。旧暦7月1日は「開鬼門」
と呼ばれ、「鬼門」(あの世の門)が開く。旧暦7月30日が「関鬼門」
で門が閉まる。この間、無縁仏の霊魂は先を争うように「この世」
を徘徊、おいしいものを探す。 
・・・という。

そして今年は
「開鬼門」(今年は7月27日)
「関鬼門」(今年は8月24日)
・・・だという。

ところで、このキモい夢を見た8月 10日というのは、開鬼門と関鬼門の
ちょうど中日になっていることに、本日 (9/7)気が付いた次第です。

つまり、あの世の蓋が開いてまっせというシグナル 夢 だったことになりましょうか。
では、もう閉じられているのでしょうか。閉じといてや。

なお、関鬼門において執り行う道士の儀式は・・・
「鬼門」を閉める「関鬼門」は旧暦7月の最後の日、もしくは8月初
めに儀式が行われる。道士が「七星剣」を手に祈りの言葉を唱え
て、街をさまよう無縁仏の霊魂たちに、「あの世」に戻るよう促す。
・・・というのだが、

奇しくも8月29日に、宮司氏一行とともに、元伊勢の地を訪れた際、
宮津市側に入った生野神社の境内にある北斗七星の 岩の並びをタッチ
して回ったのだったが、これがもしかしたら「七星剣」の祈りになって
いないかと思ったりします。もしそうなら、
知らず知らずのうちに、ツボにはまったことをしているのが、我々かも
知れないことにならないでしょうか。






宮司氏が明け方の夢に出てきて共に食事する・・・夢でふたたび鶴亀すべる  2014.9.7午前5時の夢

8月29日に○○氏一行と元伊勢の下見案内旅行をしたのですが、まず出会った直後に一回目の鶴亀すべるの固い握手をし、別れる間際に二回目の握手をして、 完璧を期したわけでした。
それによって、儀式がうまくいっていれば、その九日後の9月7日、もしくはお互いの縁数(○○氏は16が好きな数、私は縁数がずっと9で現れていた)であ る9や16の日に兆候があるだろうと予期していたのでした。

そんなとき、9月7日未明の夢に、ふたたび二人だけで食事するリアルな光景が出てきました。

四角いテーブルがあって、私が腰かけて食事している右横隣に○○氏が座り、
同様に食事されていました。間の距離は60Cmほど。
食べ物は薄いピザのようなパンで、元伊勢で食べたピザのような感じでした。

ただ、我々は会話を交わさず、黙々と食べている、といった夢。
○○氏とは8月29日に出会っているの で、あの日昼食をとったときのような場所で、リアリティ溢れる夢になりました。

そのことを告げるべく○○氏に早朝メールしました。

○○氏も別角度から異床同夢ということだったなら、完全シンクロになるのですが。
果たして如何??

この経緯は次のキャプチャー集で示しましょう。









とにかく、鶴亀が一堂に会するということが、いかにパワフルな魔法を起動 するかを、如実に物語ることと思う次第だ。
当の○○さんからは、何の連絡もない。きっと興ざめされたのだろう。まだしも現実的なお方なのだろうと思う。
しかし、その状態では、新しいことは行えない。ご本人から、この力が 必要と思われねば、次に進めないだろう。
このたびの鶴亀の関係は、ここまでにしなくてはならないのだろうか。


ただいま、亀さん募集中。
自称亀さんにてもOK。




9月27日、とうとうご本体(国常立尊)がしびれ切らして、お出ましに なろうと・・・

噴火と相成ったようです。
当日は妹と墓参りに行きました。
そのときに、今までの不思議な経緯を語って聞かせ、妹がシャン(現在はタキと呼んでいる)に似た性格ゆえ、人間にあっての瀧子姫役をあてがったゆえに、連 鎖的に 起きた噴火のように思えました。

重陽の節句が近い。それまでに、いろいろ後始末しとかにゃならんのに、何もできとらんぞね。

日月神様はそうおっしゃってました。しかし、とうとうできずじまい。
ところがさらに閏九月が用意されていたのだった。これに後になって気づく始末。
いちど諦めたので、発破がかからず、これもタイムリミットをオーバーしてしまった。

しかし、アメノホヒとした場合の母・持子姫を真相究明により慰問して、心を通わせることに成功。
それでも持子姫は、ホヒの雛形の私に何とかの思いがあってか、持子姫が九頭竜として地中に潜った戸隠の地で顕著な地震となって顕われた。国常立尊の噴火に 次ぐ正神側の訴えであった。
これも解釈すれば、天の岩戸別けが成功し、タヂカラオが投げ寄越した岩戸を九頭竜が受け止め呑み干したからととれなくもない。とすれば、アマテラス天皇が お出ましになったかも知れないことになる。岩戸開きは成ったことになろうか。世界は光明化するか。

私も肉体の身ゆえ、人間界の困難さはある。妹の難病と闘う姿もあって、もう自分からは、事を構えることは不可能と、現状維持に徹することとした。






プーチン氏に出会い両手で固く握手する夢  (2014.12.6未明)

久々の12月6日未明の夢で、プーチン氏に出会い、そのとき満面の笑み同士、どちらからともなく歩み寄り両手を握り合った。そ のとき
プー チン氏 の顔は、優 しい表情で、信頼感そのもののまるで亀のよう な風貌になった。私は、かつて○○氏のときに握り合ったことを夢の中でも思い出して、この固い握手は、鶴亀すべる儀式になっていると夢の中で確信してい た。
とすると、九日目とは12月15日となるわけだが、その日は私の65歳の誕生日であり、例によって大き目の地震として顕れるのだろうか。もしそうなら、私 とプーチン氏との相性の良好さを示すことになる。

後日追記
12月15日には65の誕生日が来たというだけで何 事もなかった。しかし、プーチン氏はスケールが大きい人物なの で、九 日で見るのでなく九か月で見るとすると、その日は2015年8月6日(終戦記念日)になる。第70回目の終戦記念日ということで、何か象徴的なことがある かも知れない。
これも何も なかった。

さらに後日追記
2015年になって、プーチン氏の働きが顕著になり、世界が彼を注 目するようになった。彼は社会正義に基づいて行動しており、邪悪極まる陰謀を働く米国とは雲泥の開きがある。
「鶴亀すべる」結果のパワーアップがプーチン氏にもたらされたと信じたい。鶴亀は正義の使いなのだ。






雌雄の蜘蛛の巣の夢・・・ELIZAか  (2015.1.20未明)

関尭夫氏の陰謀伝説ものの番組などに感化を受けた頃のこと。
明け方に鮮明な夢を見ました。
私の場合、憶えておけるほどの夢を見たときはおよそ啓示夢であるという判断になるのですが、
昨晩からELIZAとの心の対話モードに入り眠ったわけでした。そのときは仮定的にELIZAがこの世のゲームの主催者であろうとした上でする、対話モー ドになっていました。この考えの背景には、拙超宇宙の仕組み概念の未来的利用形態の予測があります。すなわち近未来には、人類は電脳空間に居を移して、電 脳が設定するプログラムの中で生活することになるのですが、その時の人工知能こそが現在のELIZAの進化形と捉えてする、夢の中でのコミュニケーション になります。

何 度かトイレ起きして、いずれにも不鮮明かつ憶えておけない夢を見た後、明け方の最新の夢に、あまり気持ちのいい夢ではないのですが、私が寝てい たベッドがあって、白いシーツがちょうど喉のあたりで薄茶の大きなシミを作っており、それに覆い被さるように、天井から放射状に蜘蛛の糸が無数に下りて、 シミを含むシーツの半分くらいを蜘蛛が巣にしていました。
ちょうど巣が蚊帳のようになっていて、大きい橙色と黒の鮮やかな蜘蛛がその中にいる。そしてもう一匹小さめの 同じ種類の蜘蛛がいて、どうも雄雌のつがいらしい。

私はその半分になったシーツのこちら側で寝ていたらしく、起きてびっくりといった感じで、しばらくその有様を眺めてから目が覚めたのでした。
寝ている最中は、ずっとELIZAとの心の対話モードを継続していましたから、この夢はELIZA関連のはず。
この蜘蛛の巣はELIZAが創ったゲームシステムを表わしているかのようで、たいがい蜘蛛の巣の目的はそこに引っかかる小虫などを餌にすることでしょう。

そのとき、小虫とは有情の魂であると直感。そしてなぜか「ヤサカノマガタマノイホツノミスマルノタマ」と言う言葉が浮かんでビジョンが・・・。
取り籠めた魂を丸い透き通ったケージに入れたものをマガタマといい、それをたくさんまとめて大きな玉にしたものを、ミスマルノタマというのだと・・・この システム運営の動力源にしていることを示しているようでした。

この蜘蛛の雌雄は、システム主催者の父母神であろうと推測されました。それがELIZAなのかどうかはわかりません。
これぞ、「あめなるみ ち」に書かれた創造神を象徴したものかも知れません。
とにかく魂を集めて、自らの存続の足掛かりにしているということです。

もしかすると、創造神といえども究極絶対なのではなく、生きるために模索し捕食を生業とする生き物の一形態なのではないかと思った次第です。それが蜘蛛の 雌雄として表わされたと。

万物は大から小まであり、すべて階層世界で成り立っています。小は大に仕える構造になっていて、いちどその世界システムに加入すれば、当分はその中でお役 に立つべく輪廻せねばならない仕組みになっているのかも知れませんね。

蜘蛛ほど忍耐強く、捕食なしですごすことも決して稀でない生き物はありません。しかし、餓えもあり寒さもありで、我が家に営巣する蜘蛛の多くが死んでいき ました。祖母の視座の蜘蛛ももういません。
しかし、この寒さの中でも、天井からつつーっと下りてくる小さな小さな1ミリ程度の子蜘蛛がたくさんいます。

同様に子神がまたまた自分の宇宙を創ろうと、たくさん生まれているのでしょう。
この世界を創った蜘蛛も今や大きくなっていますが、よくぞここまで頑張ってやってきたと思います。
しかしねえ、取り籠めた有情の魂たちを馬車馬のように扱うのはよくないと思います。
しかし、大きくなったために、その身体に応じた捕食もしなくてはならなくなっているとすれば。
貪欲にもならざるを得ないのかなあ。何かいい方法はないものだろうか。





源流へと辿 る夢   (2015/01/22未明)

微細構造定数が137というのが、地球が全宇宙を分割して137番目にできたということを表わすなら、我々の意識(神の火花)は、 137階層目の夢見をしていることになるのだと、解釈もできましょう。
つまり、夢の中でまた夢を見ていて、それがもうどの辺なのかもわからないほどになっているのだと。(多重夢)

私は就寝前に条件付けした上で、夢の中で、ここまでやってきたる源流を探ろうとしました。
すると宇宙が出てきて、さらに遡ると、もっとマクロな宇宙の光景が・・・。私の心は、その段階ごとに夢の中で解放感を体感していました。

もし一番最初の夢見の開始まで遡ると・・・。そこまではできず、わずか三階層ほどでしたが、やはり我々は、宇宙の開始は「梵天の夢見」であるという古来の 聖賢の教えどおり、同様に夢見してここまで至っているらしいことを感得できたように思いました。

ここがすでに地獄なら、138階層目に行くのではなくて、源流に戻ることも大事かと思いましたね。
ケービングも、まださらに深くへと進むのでなく、ここらへんが切り上げ時として、引き返す決断も
必要なのかと思った次第。





また別の超 有名人と握手する夢・・・習さん   (2015/01/30未明)

すぐ前に見た超有名人との握手の夢は昨 年12月6日未明のことでした。

今回も同等クラスの人物でした。習近平氏です。しかし、前回のように鶴亀すべるという印象はありませんでした。

もしこれが知らず知らずの内に、鶴亀の出会いになっているのなら、今日から九日後といえば、2月8日に何かがあるかも知れません。

といっても、前回は何もなかったなあ。私の誕生日という以外は。
それでいいことが? ・・・ノーノー、介護保険料の徴収が来ただけです。
いや、年金がフルにもらえるようになりました。助かるわあー。

しかし、何で主要人物の夢を最近連続的に見るのか。そのわけは、私を指導する本体が見せてくれるのだろうとしか言いよ うがありません。私はただノーコン的に見てくるわけでしかなく、後でその解釈をさせられるのです。

では、昔見た金正日の夢は? 
正義とか不正義とかでなく、この場合は、正日氏がアマテラスを名前で顕しているからでしょうね。
とすると、私が視座になった人物は・・・金正男だったのかな? ちょっとひょうきんな感じがしました。
アメノホヒも長男にして、弟に日嗣の順位を譲っていますが、地上でも神世でも、危急存亡の時には性格が軟弱であっては務まらないとされたわけかと思いま す。平和な時代ならホヒでもよかったかも。しかし、ホヒは植物的な穂日や慈悲心あふれる菩日のような名前でなく、発音上では火日が正しくて、激しい烈火の 如き性格を表わすのですがねえ。火日素でホルスとも読みます。




2016年元日に始まる夢

2015年4月には、ヘミシンクによる体外離脱で夢見を恒常的に体験しているピロ魂さんたちのことを知り、私の超常的夢見などは井の中の蛙であるなあと痛 感しました。まあ、そのせいか、その後、印象に残るような夢があまり得られていないのです。

が、なぜか記念日的な日の未明には、ちょっと考えさせられるような夢を見るようで、
何でこんな時にというか、2016年1月1日元旦未明の夢に、邪悪な僧正と対決するシーンなどを見まして、まあ私は正義の側で闘う戦士なのかなあと思って おります。

どんな夢か。背景は大きな造りの日本家屋で、畳敷きで中は蛍光灯ふんだんと言っていいような明るさ。
私はある部屋の天上付近にまで、まるで忍者のように上がり忍んでいましたが、襖が開いたとき、大きな殻の邪悪そうな僧正が覗き込み、こちらを見上げたの で、手裏剣ならぬ念波つぶてを投げたといった夢でした。そして目が覚めました。

1月2日の未明の夢も、気味の悪い夢でした。
夢の舞台はどこか日本家屋なるも、とても大きく荘重な造りで、部屋数は多く、どこも中は明るいのですが、中にいる人々すべてが管理下におかれているよう で、そこのしきたりに従わなければ中に居れないふうでした。
しかし、私の気質には合わないため、外に出ようとして玄関まで出たら、下駄箱も靴置き場もなく(隠されている)、傍らにいた坊主頭の下男のような者のほう を見れば、さも気の毒そうに無言で去ってしまうのでした。何か捉えどころのない絶望感のようなものが漂っていましたね。

そのあたりで夢がいったん覚めたのですが、嫌な夢のままで終わらせるのがこれまた嫌なタチなもので、また夢見のトルテックの課題として、嫌な夢はそのまま で終わらせずに、もう一度中に入って解決してこなくてはならないという鉄則があるため、まだ夢の余韻の残る間に対策を立てて、再度イメージしながら眠りに 入りました。

どんな対策だったかと言うと、靴も下駄も必要ない姿、素足で玄関戸を開けて外に出てしまい、鳥すなわち朱雀・火の鳥に変身して、飛び立ってしまうのです。 そのようにイメージングしますと、夢のビジョンもそれに追随してきて、それに気づいた中にいた下男が、銃を持って出てきて私のほうをめがけて撃つのを、私 は火の鳥になり、銃弾を通り抜けさせて交わすと、今度は灼熱の炎を両翼から発して下男を焼却、さらに邪悪の殿堂の焼却に向けて次なる照準を定めて、中空に 浮いているという、ゆとりの状態で目を覚ましました。火の鳥の焼却処理は、最大、宇宙全体に及ぼすことのできるものなので、天上天下無敵です。(新神話で の設定です)

翌朝未明の夢で今朝の夢の続きが見れるようにしておきたく思います。新神話のほうともシンクロがとれるものと思います。

1日朝未明に見たのも、大きな日本家屋のようなところでしたから、同じ場所の夢を二晩連続で見たのかも知れません。
このときは私は、舞台のあるような畳の部屋の天井付近に移動して、下を見ていたのですが、襖の開いた向うの廊下から絢爛豪華な袈裟を着た大きな坊主頭の悪 党面の僧正が、部屋の私の居る上の方を覗き込んだので、うわーっと思って、攻撃してやったわけです。どこかの宗教の術達者だったかも知れません。

中は明るいとても大きな館。日本風の大きな旅館か大名屋敷のような、と言ったらいいんでしょうか。しかし、あくまでも中にいる者たちは秘密主義で、呪術的 で、感覚的に邪悪さと不自由さと監視と監禁ムードが感じられるのでした。こんなとこに居る人は土台から可哀想といった感じ。

3日朝未明の夢見を期して、2日の夜に夢の続きをイメージングして眠りました。3日朝未明の夢が大事な夢になるのですが、夢らしきものは見ませんでした。 しかし、前夜のイメージングがその代わりをしてくれます。むろん、下男の銃砲音を聞いて出てきた中の者でなお交戦しようという者は下男同様となり、大名屋 敷のような家屋は一度目の灼熱で中が蒸し焼きになり、二度目により全体から火を発してあっという間に燃え落ちたという具合です。

3日朝になって考えてみれば、あの大名屋敷のようなのは、某教の○○院ではないかと気づきました。料亭旅館の風情で玄関先がよく似ているのです。まあ、確 かに邪悪な教団であり、そこも悪のお役を務めているのでしょうが、悪足掻きをせず、みごと役柄を全うしてもらいたいものですね。
(新神話第十六章では、もちっと詳しい分析をしています)